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石徹白未亜「ネット依存社会の実態」

人間の「バカな姿」をあぶり出すポケモンGO…画面に夢中で無自覚な「みっともない」大人たち

文=石徹白未亜/ライター

 私が高校生の頃、オタク的な趣味のある人は、カタギのしがらみとは決別したと思われる超ゴーイングマイウェイの「怒涛のオタク型」か、同好の士が集まる場所では己を開放し、あとは社会に紛れる「隠れオタク型」の二派に分かれた。両者に共通するのは、「オタク趣味を、大人の自分がやっている」という自覚で、開き直るのが前者で隠れるのが後者だ。

 しかし、その感覚はここ10年でずいぶん薄れ、緩んだ。アニメ絵の美少女が歌うスマホゲームのテレビCMに有名タレントが出演し、ゴールデンタイムに流れるまでになったのだ。

「オタク趣味のあるヤンキー」など、自分が10代の頃は「しょっぱい砂糖」くらい相容れない価値観だったが、今は普通に存在する。「アニメや漫画、ゲームが好き」と職場で公言できるようなカジュアル化が進んだのだ。

 この裾野の拡大が「クールジャパンブーム」(この言葉も、もう古いが)を支えたのだろうが、一方で、「葛藤」がないままカジュアルに何気なく好きでいることが、前述した3人組のような無邪気さや無自覚さにつながっているのではないだろうか。

 若いとはいえ、もう学生という年でもない大人が、歩きスマホで買い物する気もない店に入り、友達とはしゃぎながらウロウロするという行動は幼い。そして、その自覚や危機感が当の本人たちにまったくないというのが怖い。

ゲームが現実を侵食するポケモンGOの功罪

 さらに、ポケモンGOはゲームの特性上、「現実と地続き」だ。例えば、東京ディズニーランドで遊んでも帰りのJR京葉線で現実に戻っていくが、いつも歩いている街角や自宅にポケモンが出てくる可能性のあるポケモンGOは、現実とゲームの境界線をぼかしていく。

 ディズニーで買った浮かれた感じのおみやげ袋などは、地元の駅近くになると、ディズニー帰りというのが見え見えで気恥ずかしい。近所でポケモンGOをしているというのは、ミッキーマウスの耳型ヘアバンドをつけた状態で近所をうろついている状態と大差ない。

 童心に帰る場所と時間帯は、選んだほうがいいはずだ。日常に近い場所、しかも公共の場所で、さらにほぼ毎日、童心に帰る姿を人前にさらすことへの違和感や恥ずかしさは大切にしたほうがいいと思うが、あと10年もしたら、これを「おかしい」と思う感覚はさらに薄れていくのだろう。

 ポケモンGOですら、この状態なのだから、VR(仮想現実)ゲームが本格普及したら、いよいよ“夢の国”から帰って来られなくなる人も少なからず出てくるだろう。自分の生活や自分自身を損なわず、豊かにする範囲でゲームを使う、というのは本当に難しい。
(文=石徹白未亜/ライター)

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