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死者の脳=記憶を「覗き見る」技術が現実味…死刑囚の記憶から冤罪判明の可能性も

文=井上久男/ジャーナリスト
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 8月6日に封切りされた映画『秘密THE TOP SECRET』(松竹)は、エンタテインメントとしてだけではなく、社会に大きなメッセージを発信する作品といえるだろう。それは「科学の進歩」「人間の尊厳とは何か」を改めて問う物語でもある。

 原作は清水玲子のコミック。科学技術の進歩によって死者のを覗き見ることが可能となり、それを犯罪捜査に利用する未来の話がストーリーだ。死者の脳を覗き見るとは、脳から記憶を取り出し、映像化することである。こうした捜査手法を駆使して迷宮事件の解明に取り組むのが、警察庁のエリート集団「特殊脳内捜査チーム」こと、科学警察研究所法医第九研究室(通称:第九)であり、第九室長の薪剛を主演の生田斗真が演じる。

 もう少しストーリーを明かそう。第九には家族3人を殺して死刑を執行された父親、露口浩一(椎名桔平)の記憶を可視化し、行方不明の長女を探し出すミッションが与えられる。いざ、記憶を映像化してみると、映し出されたのは、長女が刃物を振り上げる姿であった。冤罪の可能性も浮上したため、検察庁は再捜査中止の判断を下すものの、第九は長女逮捕に向けて密かに捜査を再開する。

 捜査の途中、長女の関係者9人が一斉に自殺した。この9人は同じ少年院で更生のためのセラピーを受けていたことが発覚。そのセラピストが凶悪犯、貝沼清孝(吉川晃司)だった。貝沼も逮捕後に獄中で死亡するが、貝沼の記憶を覗いた捜査官も錯乱状態に陥り、次々と死に追い込まれる。

 その捜査員の一人、鈴木克洋を演じるのが松坂桃季だ。貝沼の記憶を覗いた鈴木は、この記憶は誰にも見せることはできないと貝沼の脳を破壊、錯乱した自分を撃てと薪に迫る。そして薪は、鈴木を撃つ。事件の全体像解明のためには、貝沼の記憶を覗いた鈴木の脳を見るしかないと薪は判断する。鈴木の記憶を解明することで、事件の深層に迫っていく。

神経回路を再現する研究進む

 この物語、実現がいつになるかはわからない単なる「未来小説」ではない。脳科学を監修した国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第七部長の本田学は封切りに合わせてこうコメントしている。

「脳科学、情報科学、ゲノム科学、ナノテクノロジーなどの加速度的な進歩は『死者の記憶を覗き見る』未来を、荒唐無稽なものでなくしつつある。すでに日本を含む世界各国で、脳の中に存在するすべての神経回路を読み解き、完全に再現することを目指したプロジェクトが始動している。また脳が活動する時に発生する信号を読み解くことで、そのときに見ている『もの』だけではなく、『夢』をも描き出す技術が現実のものとなっている」

 この作品の公開直前には、の特定の場所を刺激することで、アルツハイマー病によって失われたはずの記憶を蘇らせることに成功したというニュースも流れた。本田は「1952年の鉄腕アトムの登場からヒューマノイド(ヒト型)ロボットの実現までほどの時間をかけずに、この作品に描かれた世界が現実となる可能性は十分にある」とも指摘している。

 監督は大友啓史。『るろうに剣心』シリーズのヒットで知られ、DNA捜査をテーマにした『プラチナデータ』の撮影でも指揮をとった。大友はNHK出身で、NHK時代は連続テレビドラマ『ハゲタカ』や大河ドラマ『龍馬伝』でもチーフ演出を務めてきた。大友は言う。

「映画を見てくれるお客さんが、グロテスクさを感じる映像もあるかもしれないが、これからの社会に必要なテーマだという直観がある。死後に脳を覗かれ、可視化されるということは、おぞましいことかもしれないが、科学技術の進歩でそれが可能になるかもしれない。そこから逃れる人間のあがきのようなものも描きたかった」

サイエンスに翻弄される人間を描く

 この映画は未来ものでありながら、ハリウッドのSF映画にありがちなテクノロジーや未知の生き物との対峙などがテーマではなく、あくまでも「人間」に基軸が置かれている。サイエンスの暴走を描くというよりも、サイエンスに翻弄されつつ、いつの時代になっても変わらない人間の本質を描こうとしているようにも見える。

 大友は撮影技術にもこだわることで知られる監督だ。今回の撮影では、役者の頭に撮影カメラ付きヘルメットをかぶせた「主観カメラ」を用いた。俳優が演技しながら、その目線となるカメラを装着して撮影するという手法だ。

 人の記憶を蘇らせて可視化する話が映画の中心となっているだけに、映像では客観的世界や主観的世界、他者の記憶などが入り混じって表現されている。「主観カメラ」を用いることで、役者の心情的な震えなどカメラマンが撮影する以上に感情的な「絵」が撮れたという。(敬称略)
(文=井上久男/ジャーナリスト)

井上久男/ジャーナリスト

井上久男/ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。

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