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江川紹子の「事件ウオッチ」第62回

誰の、なんのための裁判なのか――【オウム・高橋克也被告裁判】で噴出した裁判員裁判への異議

文=江川紹子/ジャーナリスト
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誰の、なんのための裁判なのか――【オウム・高橋克也被告裁判】で噴出した裁判員裁判への異議の画像1高橋被告は遺族らに対して謝罪の言葉もないまま、判決にも何の反応も示さなかった――。(写真は事件直後の教団施設外観)

 オウム真理教(現在はアレフに名称変更)が引き起こした地下鉄サリン、假谷さん拉致、VX殺人、都庁爆弾の各事件に関与したとして、一審で無期懲役の判決を受けていた高橋克也被告に対し、東京高裁は控訴棄却の判決を言い渡した。高橋被告は、判決に何の反応も示さない。それどころか、入廷から退廷までの間、弁護人と目を合わせることも、被害者に視線を送ることもなく、無表情のまま。一審の時以上に、周囲とのコミュニケーションを拒んで、自分の殻に閉じこもっているように見えた。今なお麻原彰晃こと松本智津夫に呪縛されているのか、あるいは現実から逃避しているのか……。

際立って“オウム的”だった高橋被告

 控訴審は、弁護人請求の証人が1人も認められず、1回で結審した。弁護人は、被告人質問を請求しなかったため、高橋被告が今の思いを語る場面もなかった。彼は一連のオウム事件の最後の被告人だが、今後、上告したとしても最高裁に被告人が出廷することはない。オウム信者の理解しがたい“心の闇”をことさらに印象づけて、一連のオウム公判は終わった。

 長期逃走犯3人の中でも、平田信受刑者と菊地直子被告に比べ、高橋被告の態度は際立って“オウム的”だった。前2者との違いは、ひとつは犯した罪の大きさにある。平田受刑者は、假谷さん拉致事件に関わっていたものの直接假谷さんに危害を加えたわけではなく、ほかには人を傷つける事件に関わってはいない。一方、高橋被告が関わった事件では、10人以上が命を奪われている。

 また、平田受刑者や菊地被告の場合は、異性との関わりや動物を飼うことを通じて、教組や教義より目の前に大事なものができるという経験をした。そうしてできた“巣”を大切に思う感覚も育まれただろう。そういう感覚がないと、この大切な関係や場を破壊された被害者への思いは理解できまい。

 一方の高橋被告は逃走中、新たに大事な人間関係や場をつくった形跡は見受けられない。“巣”づくり体験ができず、オウム事件で被害に遭った人たちの思いを理解する感覚が育まれず、逮捕後も心を通わせられる人と出会わないまま裁判の終盤を迎えてしまったのかもしれない。

遺族らが漏らした、裁判員裁判への不満

 閉廷後、被害者らが記者会見を開き、高橋被告に対してだけではなく裁判のあり方に関しても、それぞれの思いを語った。

 地下鉄サリン事件で夫を失った高橋シズヱさんは、これまで会った元信者との対話を思い起こし、涙ぐみながら、こう述べた。

「数々の事件に関与していたのに、一言のお詫びもなかったのが、ものすごく腹立たしい。私は、事件からまもなく脱会した元信者の人たちに会っていますが、彼らは事件には関与しなかったけれども、『自分たちのお布施が教団を支えてしまった』と言って涙ながらに謝っていた。高橋克也は17年間も逃亡し、逮捕からも何年もたっているのに、その間何を考えていたのか……」

 同事件で重篤なサリン中毒に陥り、今も寝たきりの妹の世話を続けている浅川一雄さんも、「逮捕から今まで何も考えてこなかったのかな」と高橋被告の態度に疑問を呈しつつ、今後の不安を語った。

「裁判は終わりでも、私たちの生活はまだ続く。妹はこのところ痩せてきて症状は悪化している。僕も定年を迎え、経済的な不安もかかえています。子どもや孫たちのためにも、裁判以外でも、どうしてこんなことが起きたのかを、しっかり解明してほしい」

 父親を拉致事件で亡くした假谷実さんは、「高橋被告は、一審で『今は言えません』と何回も言っていた。今は言えなくても、5年後10年後になれば言えるのか。いつか心を開いて、私たちへのメッセージを聞かせてほしい」と訴えた。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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