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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

半導体の盟主、インテルの没落…4年後に韓国サムスンが世界首位逆転する理由

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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グローブが築きあげたインテル・カルチャー

 ムーアに逆らってDRAM撤退を決め、プロセッサメーカーへの転換を行ったグローブは、強烈な“インテル・カルチャー”を築き上げた。

「パラノイア(偏執狂)だけが生き残る」という名言で知られるグローブは、恐怖政治により強烈な中央集権体制を確立し、全社員のすべてのエネルギーを搾り取り、徹底的にPC用プロセッサに集中させた。

 グローブの前では「誰もがこき下ろされ」「人々は怯え」「一度決定したら一切覆すことができず」「彼のやり方ですべてのものを押しのけて進み」「邪魔者は切り捨てられた」(『インテルの戦略』<ロバート・A・バーゲルマン著/ダイヤモンド社>より)という。

 このようなグローブの偏執狂的マネジメントが奏功して、インテルはPC用プロセッサで大成功した。それとともに、偏執狂的な“インテル・カルチャー”がインテルの隅々にまで浸透した。これが新規事業の立ち上げを阻んでいたのだ。

 東芝出身で現在は米スタンフォード大学に在籍している西義雄教授は、次のようにコメントしている。

「インテルがセルラー(携帯電話)市場に参入し損ねていた2000年当時、私はテキサスインスツルメンツ(TI)のR&D総責任者をしていたが、インテルがTIと同じセルラーの土俵に上がってくることができる可能性はゼロと判断したのを覚えている。インテルの責任者とは親しかったが、彼が“インテル・カルチャー”の中でいかに苦労していたかということを知っている」

 買収した企業の幹部のほとんどがインテル・カルチャーに馴染めず早々に辞めていった。また、インテル社内は大混乱に陥っていたという。

インテル史上最大のミスジャッジ

 
 インテル・カルチャーは5代目CEOのポール・オッテリーニにも受け継がれた。オッテリーニはリーマン・ショック後の09年から11年にかけて、売上高を351億ドルから540億ドルへ記録的に増大させた。

 ところが、そのオッテリーニは12年11月に突然退任発表を行い、13年5月に辞職した。これは事実上のクビである。その原因は、アップル製スマホiPhone用プロセッサの製造委託を断ってしまうという“インテル史上最大のミスジャッジ”をしでかしたことにあった。

 アップルが初代iPhoneを発売したのは07年だが、恐らくその3年ほど前に同社CEO(当時)の故スティーブ・ジョブズが、インテルにiPhone用プロセッサの製造委託を打診した。その際、アップルは「それに一定の金額(10ドル)を払うが、その金額以上はびた一文も出す意思がない」と伝えた。いかにもジョブズが言いそうなことだ。

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