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名門・三菱重工の凋落…祖業・造船巨額損失で分離か、MRJも悲惨な開発遅延で損失膨張

文=編集部
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 2隻の受注は、前回の大型客船建造から10年が経過していた。設備などトレンドは一変していた。それにもかかわらず、「過去の受注実績に基づく楽観的で拙速な判断をした」。事業評価委員会の委員長を務めた木村和明・常務執行委員は、こう指摘した。

 長崎造船所は本社の社長を何人も輩出した本流。名門意識が改革を阻んできたと結論付けた。

祖業、長崎造船所を事実上、解体

 造船事業は三菱重工の祖業である。三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎が政府から長崎造船局を借り受け、1884年に事業を始めた。戦時中は長崎造船所で旧日本海軍の戦艦武蔵を建造した。

 祖業の長崎造船所は聖域と見なされてきたが、宮永改革は長崎造船所にメスを入れる。長崎造船所の事実上の解体である。

 長崎造船所が中心に据えてきた欧米向け大型客船の受注は行わない。5万トン程度までの中小型客船事業は継続するが、エンターテインメント設備が充実しているクルーズフェリーはカーフェリーをつくっている下関造船所で建造することになる。

 長崎造船所は防衛省向けの護衛艦やLNG・LPG運搬船、また船体ブロックの製造が主な仕事だ。将来的には、提携する今治造船、大島造船所、名村造船所にLNG・LPG運搬船の建造を委託することもあり得る。そうなれば、造船所本体と下請けの従業員は激減する。

 長崎造船所と下請け企業群は、長崎県民の最大の雇用の場だった。三菱の企業城下町として栄えてきた長崎は最大の危機を迎える。

海運不況で日本郵船が巨額損失

 三菱重工が造船事業の縮小に踏み切ったのは、受注が低迷し単独で生き残るのが困難になってきたためだ。中国の景気減速で海運市況が大幅に悪化し、新造船の需要が急減した。

 海運不況をもたらしたものは、世界的な船舶の供給過剰だ。2000年代半ばの“海運バブル”と呼ばれた時期に各国の海運会社や投資ファンドが、大量のばら積み船などを発注したため、需給のバランスが大きく崩れた。

 ばら積み船の運賃水準を示すバルチック海運指数はリーマン・ショック前の最高値の10分1以下に落ち込んだ。そのあおりを受けて韓国海運最大手の韓進海運は8月末に経営破綻した。

 国内海運業の最大手で、三菱グループの発祥企業である日本郵船は10月7日、16年4~9月期に1950億円の特別損失を計上すると発表した。損失の内訳は、日用雑貨などを運ぶコンテナ船部門が約1000億円、鉄鉱石や石炭などを運ぶばら積み船部門が約850億円、貨物航空機部門が約100億円である。

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