逆転の発想:工場ごとに味に差が出ることを逆手に取った商品
もともとビールは、使用する水やホップの関係で、工場ごとに味に差が出ることが知られている。たとえばキリンビールは、北は北海道から南は九州まで国内に9つの工場を持ち、それぞれ味に微妙な差があり、同じブランドでも工場によって味が異なるという事実は、昔から知られていた。
ただし、これまでは、できるだけ味に差が出ないように醸造長(醸造開発責任者)が味の調整をしていたが、使用する水の違いなどにより、どうしても完全に差をなくすことができずにいたのだ。その味の差はマニアの間ではよく知られており、味比べなどをして楽しむビール愛好家もいたようだ。
そんななか、キリンビールは逆転の発想で、その味の差を利用した新商品を15年春に発売した。工場ごとに味に違いをつけた「一番搾り“地元うまれシリーズ”」を商品化し、工場ごとの味を楽しめるような商品を発売したのだ。全国9工場それぞれの醸造長が、地域で暮らすお客様のために造った特別な「一番搾り」の味を開発して販売することで、第1弾は予想の3倍を超える受注を記録した。味をしめたキリンビールは今年に入り、さらに地域性を出した「47都道府県の一番搾り」を発売し、大ヒットしたというストーリーだ。
キリンにしかできない独自の戦略
縮小するビール市場におけるイノベーションとして興味深い戦略であるが、そこにはキリンならではの強みがあるように思える。
現在、ビール市場において実はひとつだけ、成長中の市場がある。それは「地ビール」だ。ビール消費量全体に占める地ビール消費量の割合はまだわずかだが、成長スピードは急速だ。地域性や、独自性を出した商品が現代の市場ニーズに合致し、勢いを増していると思われる。
今回の「47都道府県の一番搾り」は、有名ブランドの一番搾りをベースに、地域に合わせたまさに地ビールのような独自性をつくりだすことで、市場に受け入れられたと思われる。「味を統一する」という発想から、「味の違いを強みにする」という逆転の発想で、メジャーブランドと地ビールの両方のメリットを享受する戦略なのではないだろうか。日本中に工場を持つキリンビールだからこそできる戦略であり、そのしたたかさに脱帽だ。
(文=星野達也/ノーリツプレシジョン取締役副社長、ナインシグマ・ジャパン顧問)