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津波の危険ある荒れた林に広域避難場所を設置…ゴルフ場閉鎖、住民と県の対立先鋭化

文=伊藤歩/金融ジャーナリスト
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津波の危険ある荒れた林に広域避難場所を設置…ゴルフ場閉鎖、住民と県の対立先鋭化の画像1湘南海岸と江の島(「Wikipedia」より/Σ64)

 いつかは住んでみたい憧れの地・湘南海岸。相模湾の海風が松林を通って流れ込む、茅ヶ崎市の国道134号沿いのおしゃれな街で、開発に反対する住民運動が展開されている。

 住民運動の舞台になっているのは、現在茅ヶ崎ゴルフ倶楽部の敷地になっている20万平方メートルの土地。同ゴルフ場は9ホールのショートコースながら、国道134号に面し、立地は最高。開場から59年という長い歴史を有し、上田治という著名なゴルフ場設計者が設計を担当した、黒松に囲まれた意匠性の高い、とにかく美しい「上田治の名作」といわれるコースだ。

 地主の神奈川県は、同ゴルフ場を閉鎖して跡地を大規模開発しようとしている。敷地は100%借地で、全体の約6割を神奈川県が、残り4割を地元農協関係者の関係企業が保有している。ゴルフ場周辺の住民たちは、この開発に反対している。その理由は「貴重な広域避難場所が潰されてしまう」(「広域避難場所を守る会」の山田秀砂代表)からだ。

値下げ要請に値上げ通告で応えた神奈川県

 ことの発端は2014年4月に、同ゴルフ場を経営していた観光日本という会社が、「1年後にゴルフ場の経営をやめて閉鎖する」と言いだしたことにある。この時点では会員制のゴルフ場だったので、所属会員は観光日本が経営する別のコースに移るなどの手続きがとられたのだが、そもそもなぜ経営をやめると言いだしたのかというと、地主である神奈川県が、賃料の値上げを通告。値上げ後の賃料では経営が立ち行かなくなるからだった。

 従来、観光日本は年間1億円の賃料を神奈川県などの地主に支払ってきたが、それでは高すぎて経営が立ち行かないので減額を要請していたのに、逆に値上げを通告されたので撤退を決めたという。

 では、県が主張する賃料が法外かというとそうではない。県がこれまで徴収してきた賃料は、本来徴収すべき賃料の半値だった。なぜそんな条件を県がのんでいたかというと、同ゴルフ場はもともと行政が放り出した経営を、観光日本が引き受けたといういきさつがあったからだ。

 話は終戦直後の1948年に遡る。米軍横須賀基地からの要請で、現在、防衛大学校が建っている観音崎小原台地に、9ホールのゴルフ場を造ることを横須賀市は計画した。

 だが造成を始めた矢先、国からこの場所に防衛大学校を移転するから出て行けと言われ、代替地として決まったのが、現在同ゴルフ場がある茅ヶ崎の県有地だ。57年の開業時は市営のゴルフ場だったが経営が行き詰まり、67年に経営を肩代わりしたのが、このコースの造成を担当した観光日本だった。観光日本は2003年に民事再生法を申請、預託金債務の約9割をカットする一方で、会員のプレー権を確保して存続を図ったのだが、その際に賃料も据え置かれたのである。

 ただ、神奈川県は県立図書館の閉鎖案まで俎上に上るほどの財政難。いつまでも周辺の地代とかけ離れた賃料のまま放置し続けるわけにはいかない、という事情はあったのだろう。

周辺住民がゴルフ場閉鎖に反対

 神奈川県は、ゴルフ場閉鎖後の跡地の有効利用のため、ここを開発して賃料を稼ぎ、苦しい県の財政の足しにする目論見だったのだが、周辺住民から猛反発を食らった。というのも、同ゴルフ場は周辺住民6万6000人分の広域避難場所に指定されており、開発されてはそれが失われるからだ。

 同ゴルフ場の北側は県内どころか全国有数の住宅密集地。第二次世界大戦中に空襲の被害を受けていないので、街並みは昔のまま。道路も狭い。消防車も入れない場所がある。大震災が起きると火災が起き、火災が巨大な火炎旋風(炎の竜巻)を発生させることは、関東大震災でも、阪神・淡路大震災でも、そして東日本大震災でも証明されている。

 このため現在、同ゴルフ場の敷地20万平方メートルのうち12万平方メートルが、延焼を防ぐ緩衝地として広域避難場所に指定されている。だが、ここが開発されるとなれば、一体どこに代わりの広域避難場所を確保してもらえるのか、ということになる。周辺にそんな土地などない。

 そこで県は、現在12万平方メートル確保されている広域避難場所を、半分の6万平方メートルに減らそうとしているのではないか、と住民は考えた。なぜなら、現在は住民ひとり当たりの面積を2平方メートルで換算しているが、これを同1平方メートルにすることが制度上は可能だからだ。

 広域避難場所の面積として確保しなければならない法的な義務は、同1平方メートル以上。国土交通省の推奨は同2平方メートルだが、これはあくまで推奨であって義務ではない。広域避難場所の指定は市町村の管轄で、1平方メートルにするか2平方メートルにするかの決定権は市町村にある。

 ただ考えてみてほしい。1人当たり1平方メートルとは2m×50cmしかないということを意味する。在来線の座席の幅は同46cmだから、この条件がいかにナンセンスなものかよくわかるだろう。

津波が来る松林が避難場所

 一方、神奈川県は跡地利用について、公募でアイディアを募り、コンペで優先交渉権者を決める方針を表明。実際に開発業者が決まって着工するまでには何年間もかかる。

 観光日本は宣言通り15年3月末日をもって経営から撤退してしまったので、着工までの間、ゴルフ場を閉鎖したままにしておくと、不法侵入や産業廃棄物の不法投棄などのリスクにさらされる。

 そこで、県はとりあえずむこう2年間、ゴルフ場としての暫定営業を認め、現在は来年3月までの期限で、武蔵野というゴルフ練習場を経営している会社がパブリックで暫定営業を続けている。

 アイディアの公募、コンペを経て優先交渉権者が決まったのは今年7月。選ばれたのは、東京急行電鉄電通のグループ。同グループの案は、宿泊・温浴施設、住宅、商業施設、医療施設やヘルスケア施設を盛り込んだものだが、この案に住民が怒った。

 広域避難場所は12万平方メートルのままだったが、敷地内で確保されるのは6万平方メートルだけ。残り6万平方メートルは相模湾と国道134号を隔てる松林で確保する案だったからだ。この案は、神奈川県が有識者の意見を聞いたうえで合理的な案として採用したものである。

 そもそもこの松林は砂防林として設けられているもので、林の中は荒れ放題。人が立ち入れる状況にはない。よしんばきちんと整備をしたとしても、ここはまさに相模湾に面した場所であって、大地震が来れば津波が襲ってくる可能性が非常に高い場所だ。広域避難場所は大地震の際に発生する大規模火災を想定したものなのに、津波が来る場所に広域避難場所を設置するという発想に、住民が怒るのは当然だろう。

条例請求目指し署名活動を開始

 前述の通り、法的に義務化されているのは1人当たり1平方メートルなので、2平方メートルを1平方メートルに減らすことは行政の裁量次第である。住民としては、広域避難場所を管轄する茅ヶ崎市に、県に対して強く出てもらいたいところだろうが、地主である県が開発に積極的であることや、敷地の4割が民間所有だということが、茅ヶ崎市の腰が重い原因なのだろう。

 市が弱腰である以上、確実に2平方メートルを確保するには、茅ヶ崎市の条例に2平方メートルの確保を盛り込むしかない。住民がそのための研究や準備をしていた矢先の10月21日、東急・電通グループが辞退したことを神奈川県が公表した。辞退の理由は「基本協定締結に要する諸条件の整理にまだなお相当の時間を要すると判断したため」であって、「地元住民が反対しているから」ではなかった。

 とはいえ、東急・電通グループが降りたことで、開発の事業者選定は振り出しに戻り、来年3月で2年間の暫定営業を終えるはずだったゴルフ場も、営業継続の方向で調整に入った。この機会をとらえ、住民は条例請求のための署名活動を11月11日から始めている。署名で条例化を請求するには、署名開始から1カ月以内に有権者の2%に当たる4170人以上の署名を集めなければならない。

 前出の「広域避難場所を守る会」の山田代表は、次のように語る。

「神奈川県は住民の安全確保よりも、お金になる開発を優先する考えであることがよくわかった。今回はたまたまあの場所で広域避難場所がいきなり半分に減らされようとしているが、条例化しておかなければ、いつ、どの場所で同じことが起きるかわからない。他人事ではないのだという視点で訴えていきたい」

 事態が決着を迎えるまでは、まだ時間を要するようだ。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

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伊藤歩/金融ジャーナリスト

伊藤歩/金融ジャーナリスト

ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計。主な著書は『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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