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今年の干支「丁酉」、60年に一度の大騒乱に?火の災害多発→好景気の歴史?

文=井戸恵午/ライター
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 また、この明暦の大火の復興により、江戸に一大建設ラッシュが起きることになる。建築用材を扱うことで紀伊國屋文左衛門、奈良屋茂左衛門らが巨利を得ると同時に、その費用のために幕府は財政危機に陥り、徳川家康以来の蓄財を使い果たすほど窮乏したという。

 これへの対応として勘定方・荻原重秀が実施したのが、いわゆる「元禄改鋳」である。従来の慶長金銀から金の含有量を大幅に削減した元禄小判を発行するという経済政策であり、幕府に多くの差益金をもたらすと共に、市場にも慢性的に不足がちであった通貨を流通させる結果となった。

 この建設ラッシュとリフレ政策によって、後に「元禄バブル」と呼ばれる好景気の時代が現出されることになる。

 また、安永6年(1777年)には三原山の大噴火が発生した。三原山の現在の山頂部はこのときに形成されたものであり、現在も当時の溶岩を見ることができる。

 このように、丁酉は火にまつわる災厄が多いため、今年に限った話ではないが、火の用心を心がけたいものだ。一方で、大きな風水害の記録についてはほとんど見いだすことができなかった。

法律、財政…大規模な改革が行われた丁酉

 また、中央においては大規模な改革が行われる年でもあるようだ。

 天平宝字元年(757年)に、大宝律令に続く律令として養老律令が制定されている。「律」は刑法を、「令」は行政法を中心とする諸法であり、古代社会における基本法典ともいえるものである。

 改正により成立した養老律令は、その後、形式的には明治時代に至るまで廃止されずに維持される。あるいは今年、現行憲法の改正について大きな動きが見られるのだろうか。

 また、永仁5年(1297年)には、最初の徳政令といわれる永仁の徳政令が発令されている。二度にわたるモンゴルの来襲、つまり元寇によって疲弊した御家人の生活の建て直しを企図したものであるが、これは巷間いわれているような単純な債務放棄にとどまらず、越訴(裁判で敗訴した者の再審請求)の停止や債権債務に関する訴訟の不受理など法制度に関する改革も含まれる、包括的な施策となっている。

 さらに、明治30年(1897年)には貨幣法が制定され、金本位制への移行がなされている。貨幣の信用を担保し、その価値を安定化させるべく、明治政府は貨幣をいつでも金と交換する兌換紙幣の発行を目指していた。

 しかし、当初は交換に用いるための十分な金の準備がなく、銀をもってこれに代える銀本位制をとっていたのである。日清戦争の勝利によって、清国より2億テールをはじめとする巨額の賠償金を得た日本は、これを財源として金本位制への移行を果たした。

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23:30更新
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