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小笠原泰「コンピュータ技術の進歩と日本の雇用の未来を考える」

意識の宿ったAIが、人間の「不完全さ」をも完全に備え、人間を超越した後の世界は来るか?

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ロボット


 実は、今使われているロボットという表現の使われ方は、幅が広い。そもそもロボットは、チェコの作家であるチャペックが1920年に戯曲『R.U.R.』の中でつくり出した言葉である。その意味は、「人の代わりに作業をさせることを目的に」「人の姿を模して」「人のように自律的に行動をする」ようにつくられた機械装置である。現状では、この3つの要件のいずれかを含めばロボットと呼んでいるので、自動車工場の製造ラインにあるマシンも自律性はなく、人間の姿もしていないがロボットと呼ばれている。

 簡単にいえば、昨今のロボットは「弱いAI」を物理的に実装するための特定の身体機能を有した機械といえるであろう。ゆえにアイロボット製ルンバは「お掃除ロボット」と呼ばれている。進歩する「弱いAI」を実装することで賢くはなってきているが、ロボットの進歩を支えるのは、身体機能を支えるアームや歩行などの制御技術の急速な進歩である。

 人間の形態を模したヒューマノイドで考えると、人間の指のように、単一の形状でなんでもこなす柔軟かつ精緻な動きをするロボットを開発するのは難しいのが現状のようである。そうであれば、人間の細かい手作業は機械に代替される心配がないかといえば、そうともいえない。人間の形態にこだわることなく、個別化した身体的機能に分解して、その強化を行えば、人間の手仕事は代替されていく。加えて、今後は人間以上の身体能力をいっそう有していくであろう。

 この意味で、雇用喪失の観点から考えると、着目すべきは、人間に近づこうとする「強いAI」ではなく、急速に進歩する深層学習に代表される機械学習のアルゴリズムと制御技術の急速な進歩に支えられる「弱いAI」を実装したロボットの今後であろう。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

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