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小黒一正教授の「半歩先を読む経済教室」

異次元緩和がダメなら財政で物価目標達成できる? 注目集まる「物価水準の財政理論」の死角

文=小黒一正/法政大学経済学部教授
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 しかし、(※3)式で「左辺>右辺」となるのは非効率である。なぜならば、「左辺>右辺」の場合、それは「生涯で貯蓄を使い残す」ことを意味し、民間部門の家計は消費(∑実質消費のPV)を増やすことができるためである。すなわち、合理的な家計であれば、(※3)式の等号が成立するまで消費を拡大しようとする。その過程で、財市場で超過需要が発生し、物価に上昇圧力が掛かる。その結果、(※5)式と(※6)式の左辺にある「物価水準」が上昇し、(※3)式と(※4)式が成立する。

 以上が、FTPL(物価水準の財政理論)が成立するために想定する標準的なメカニズムの本質である。

合理的な家計という理論の前提は妥当か

 特に上記の「合理的な家計であれば、(※3)式の等号が成立するまで消費を拡大しようとする。その過程で、財市場で超過需要が発生し、物価に上昇圧力が掛かる」という点が重要であり、このメカニズムが働くためには、たとえば以下のような前提が存在する。

(1)民間部門の家計が将来を正確に予測している
(2)政府が実施する財政政策に不確実性がない

 少し簡単に説明すると、次のようになる。

 まず、(1)の前提は「(※3)式で「左辺>右辺」となっているとき、無限の将来にわたって、民間部門の家計は必ずそれを正確に予測できる状況」を意味する。だが、家計がそれを正確に予測できず、「左辺=右辺」になっていると誤って予測するとき、民間部門の家計は消費を拡大しない。また、(2)の前提は、政府が提示する財政政策(税負担や政府支出)の経路に対するコミットメントの強度や信認とも深く関係する。

(※3)式で「左辺>右辺」となる可能性があっても、政府が実施する財政政策に不確実性があり、突然に政策を変更して増税(あるいは歳出削減)し、(※4)式の等号が成立する可能性があると判断するとき、それは(※3)式の等号が成立する可能性を意味するため、民間部門の家計は消費を拡大しないかもしれない。

 なお、上記は「代表的家計」(現在から将来にわたって無限に生きる家計)を念頭に置いたときの留意事項だが、世代交代や家計の異質性などを考慮するときに前提がどう変化するかの議論も重要であることはいうまでもない。また、増税の予定なく発行され、最終的に物価上昇で価値が目減りする可能性が高い公債を、合理的な家計が購入・保有しようとする誘因も明らかではない。

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