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警察、拳銃摘発ノルマ達成のために無実の人をダマして逮捕→実刑で2年服役

文=浜野ノリユキ/ジャーナリスト
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 出所後、稲葉氏はアンドレイさんの再審請求への協力を決意、同氏の証言を受けて、札幌地方裁判所は「道警の捜査は、犯罪捜査の名に値しない」「違法な捜査によって得られた証拠に証拠能力はない」などと断じて注目された。

 稲葉氏は、「裁判所が『犯罪を抑止すべき国家が、自ら新たな銃器犯罪をつくり出して、国民の生命、身体の安全を脅かした』とまで言っていて、驚きました。裁判所なんて、警察と検察の言い分を聞くものだとばかり思っていましたから」と振り返る。

拳銃摘発競争で暴力団と取引する警察官も

 1980年代のバブル期から暴力団の抗争による発砲事件が相次ぐ一方で、92年には自民党副総裁(当時)の金丸信氏、95年には警察庁長官(当時)の國松孝次氏が銃撃されたことから、当時の警察は銃の摘発に躍起になっていた。

「でも、そんなに簡単に銃の摘発なんかできません。道警以外にも、無理をして問題を起こす県警は多かったですね。銃刀法に『自首減免規定』ができたのも、この頃です。『銃を持ってくれば罪を軽くしてやる』というもので、暴力団員と取引をする警察官も少なくありませんでした。

『首なし』や自首減免に対して、最初は抵抗があったのですが、繰り返していくうちに慣れてしまいました。なんでもアリにしていた自分が恥ずかしいのですが、当時の銃器対策課に籍を置いたことがある警察官であれば、みな同じだったと思います。当時の拳銃捜査は『手段は問わない。とにかく1丁でも多くの拳銃を出せ!』という世界でしたから。また、予算も潤沢でした。押収すれば予算がつけられ、それが裏金にも回る仕組みです。裏金については、また別の機会にお話しします」

 稲葉氏には、人の一生を左右してしまったという後悔が、今もある。

「あのときの俺たちはなんだったのだろう、と思います。汚いこともしましたが、それらはすべて組織のためでした。ひたすらがんばったのに『やりすぎ』といわれて左遷されたことで、私は道を踏み外していったんです。せめて、自分の罪は認めて謝罪したいです」(同)

 昨年公開された映画『日本で一番悪い奴ら』(東映、日活)は、稲葉氏の著書『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社)が原作で、「落ちたエース」の悲しみが描かれていた。

「服役、手記の出版、映画化と、少しずつ区切りをつけることで、私の気持ちも整理がついてきている気がします。元同僚たちは『余計なことをしやがって』という気持ちでしょうね(笑)。でも、アンドレイさんの無罪で、またひとつ『区切り』ができると思います。再審公判では、検察と警察が幕引きを急ぐでしょうが、組織の問題として、きちんと追及してほしいです」

 事件の解明が、警察の浄化への第一歩となるだろう。稲葉氏の指摘通り、道警が抱える問題はほかにもあるようだ。取材を続けたい。
(文=浜野ノリユキ/ジャーナリスト)

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