一方で、3人が思い描くビールの復権というのは、何も時代錯誤なものではなかった。それまでもビール業界は、低価格の発泡酒や第3のビール、原料や醸造方法にこだわったプレミアムビールなど、あらゆる手を使って新たな市場をつくり出そうと試行錯誤してきた。

 そして、同書で描かれるプロジェクトの発案者である和田氏は、キリンの大ヒット商品「淡麗<生>」や「氷結」を世に送り出したヒットメーカーで、社内では誰もが名前を知る存在だ。「そんな天才・和田がやるなら、この荒唐無稽なプロジェクトも成功するかもしれない」……そんな空気が、キリン社内のみならずビール業界全体にも少なからず流れていた。

 和田氏は「これまでの日本のビール文化を変える場をつくる」と掲げ、キリンの異端児たちは、「大聖堂」と呼ぶブルワリーの開店に邁進する。同書は、その経緯を追ったビジネス・ノンフィクションだ。

「『大聖堂』は、2015年に『スプリングバレーブルワリー』として東京・代官山と神奈川・横浜の2カ所にオープンしました。事前の予想を覆し、来場者は目標だった年間20万人を超える26万人の大盛況となっています。3人の異端児が手掛けたビール文化を変える挑戦は、彼らが見込んだクラフトビール事業で着実に成果を出しています」(同)

 同書に詳述されているが、スプリングバレーブルワリーの出店には紆余曲折があった。社内は「キリンがクラフトビールをやる必要はない」と反対派が多数を占めた。また、出店場所を代官山に決めたときも、「代官山というオシャレな街にビールはオヤジ臭い」と反対する声も聞かれた。

 それでも、3人の異端児たちはクラフトビールに賭けた。人材と資金を集め、社内外を説得したことで、スプリングバレーブルワリーは想定をはるかに上回る人気を集めている。キリンは、17年秋に京都にも「大聖堂」を開店する予定だ。

M&A失敗のキリン、苦しいビール業界の現状

 実際、クラフトビールの勃興によってビール人気を取り戻すことはできるのだろうか? その前途は、いまだ険しい。

 キリンは11年にブラジルのビール会社を子会社化したが、業績不振のため今年2月には売却することを発表した。この10年間、キリンは海外でM&A(合併・買収)に傾注してきたが目立った成果を出せていない。「ビール文化を変える」という大胆な挑戦の前に、足元が揺らいでいるのだ。

 しかし、苦しいのはキリンだけではない。高齢化や人口減少によって国内の市場は縮小傾向にあり、ビール業界全体が苦境に立たされている。同書の主人公たちは「ビール文化が変わらない限り、日本のビール業界に明るい未来はない」と語っている。

 日本のビール文化が変わり、ビールに明るい未来が訪れる日は来るのだろうか?
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

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『究極にうまいクラフトビールをつくる キリンビール「異端児」たちの挑戦』 1杯のビールには、ビジネスのすべてが詰まっている 開店以来連日超満員が続くクラフトビールの聖地 代官山「スプリングバレーブルワリー」ができるまで amazon_associate_logo.jpg
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