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『カルテット』ラストシーンの謎…人生は価値なくても何度も間違っても「楽しければいい」

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 すずめも言う。

「休みの日にみんなで集まって、演奏するのもいいんじゃないですか。誰が聞いてても、聞いてなくても、私たちが楽しければ」

「誰かに届けばいい」

 3人の話を聞いた真紀は、キャパシティの大きな軽井沢大賀ホールでコンサートをやることを提案。集客を不安視する3人に向かって真紀は、自分は「ニセ早乙女真紀」「疑惑の美人バイオリニスト」として有名人なので大丈夫だと断言するが、家森と別府は、真紀が晒し者にされて好奇の目で見られることを懸念する。 

「いいじゃないですか、晒し者でも、好奇の目でも。そんなの私、なんでもありません」(真紀)

「たとえそれで人が集まったとしても」(別府)

「その人たちは、音楽を聞きに来る人たちじゃない」(家森)

「届く人には届くんじゃないですか? そのなかで、誰かに届けばいいんじゃないですか? 1人でも、2人でも」(すずめ)

 そして4人はコンサートを行うことになり練習を重ねるなか、1年前に4人の演奏を聞いたという人物が、家森が働く割烹料理店を訪問して次のような手紙を置いていく。

「皆さんの音楽は、煙突から出た煙のようなものです。価値もない、意味もない、必要もない、記憶にも残らない。私は不思議に思いました。『この人たち、煙のくせに、なんのためにやってるんだろ、早くやめてしまえばいいのに』」 

「本日またお店を訪ねたのは、みなさんに直接お聞きしたかったからです。どうして、やめないのですか? 『煙の分際で続けることに、いったいなんの意味があるんだろう』。この疑問は、この1年間、ずっと私の頭から離れません。教えてください。価値はあると思いますか? 意味はあると思いますか? 将来があると思いますか? なぜ続けるんですか? なぜやめないんですか? なぜ? 教えてください。お願いします」

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