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江川紹子の「事件ウオッチ」第75回

「共謀罪があったらサリン事件は防げた」は大間違い!実効性に疑問の共謀罪の狙いは?

文=江川紹子/ジャーナリスト

 そんな彼なら、好条件が示されれば、早い段階で自白をしていた可能性は大いにある。ただし、それは警察が本気で捜査を行っているのが前提。捜索をきっちり行って遺体を発見したうえで、司法取引を持ちかければ、かなり効果的だったろう。

共謀罪よりはるかに有効な司法取引

 昨年の刑事訴訟法改正で、「他人の刑事事件」について供述した被疑者は、自分の刑事責任について検察官と取り引きできる、日本型司法取引が導入されることになった。ただし、それが適用されるのは、贈収賄、文書偽造、脱税、詐欺・恐喝、薬物犯罪など特定の犯罪に限定される。

 テロ関連では、武器等製造法や爆発物取締罰則は入っているが、殺人や誘拐、サリン防止法違反などは入っていない。殺人を犯した一部の犯人の刑事責任が減免されることに、犯罪被害者サイドの反発が強かった、と聞く。法務省も被害者を敵に回しては、国民の理解は得られないとして、殺人罪などの重罪に関しては、対象から外したようだ。また、このタイプの司法取引は、自分の罪を軽くするために、無実の人を引き込んで冤罪が起きる危険性もあるので、導入に批判的な声も大きい。これを多用することがあってはならないのは、むろんのことである。

 ただ、テロ防止策の強化という観点で考えるならば、組織的な事件に限り、殺人、放火、誘拐、内乱や、サリン防止法、ハイジャック防止法などに違反した行為(予備を含む)に関して、内部告発をした者の刑事責任を大胆に減免する司法取引を可能にする法律をつくるというのはあり得る選択ではないか。こうした重大な犯罪は、予備の段階で罰することができるので、事件を未然に防ぐことにもつながる。共謀罪よりはるかに有効だろう。

 オウムに関していえば、岡崎に対して刑事責任を免除、または執行猶予付き判決が確約されるような状況が示されていれば、早い時期に首謀者である麻原彰晃こと松本智津夫らの行為を喋ったのではないかと思う。なにしろ、麻原から金を脅し取るくらいだから、心はすでに離れていたはずだ。一家3人の殺害なので、それだけで教祖らは有罪になれば死刑判決が言い渡される可能性が高い。そうすれば、教団そのものが立ちゆかなくなっただろう。当然、その後の事件は起きなかった。

 確かに、岡崎のような凶悪な殺人の実行犯が狡猾に立ち回って、刑を軽減されたり免責されるということは、遺族らにとっては耐え難い事態に違いない。しかし、テロ組織は事件を繰り返す。それを考えれば、事件の早期解決と将来の事件を未然に防ぐために、遺族の協力を得なければならないことはあるのではないか。当然ながら、将来の事件防止という大きな公益のために、無念な思いをさせる代償は、社会の側が感謝と誠意をもって示さねばならない。

 このように、実効性が期待できる対策を示すことなく、国が共謀罪にこだわる意図は何なのだろう。

 それは、テロ対策とは別のところにあるとしか思えない。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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