“地中海風のえなり”が「ボンジョーレ! アモーレ!」と登場すると、えなりはさおりの顔を手で“撫で撫で“しながら、「たとえ何股かけていたとしても、目の前にいるときは、君が一番なんだぜ~」と甘く語りかける。すると、さおりは「男を惑わすえなりの魂よ、彼方へと去れ!」と告げると、えなりはフツーに歩きながら「また会おう、アモーレ」と言って店から出ていく。キレッキレで怒鳴り散らす渡辺の演技は、まったく意味がわからないのだが、思わず笑ってしまう(何せ、ちょうどこのシーンが放送されているのは日曜深夜1時なわけで、もう正常な判断などできない状態なんだけどね)。

 また、エンディングで、取り憑いていたえなりが離れた下野倉とは結局別れたと、さおりが村ちゃんに話すシーンもシュールだ。

「結局、下野倉さんって、“えなり込み”の下野倉さんだったの。まあ、しょせん“えなりの力で”」と言うさおりに、村ちゃんは「だったら、いいんじゃないの? えなり、憑いてて」と疑問を呈す。するとさおりは、「私は、えなりの憑いていない、清廉潔白な男性がいいの」と反論すると、村ちゃんは「いないと思うぞ、えなりくんの憑いていない男なんて」と諭す。これを受け、さおりは「そう言っていると、そういう男しか寄ってこないの。この世には、えなりの憑いていない男だっているの」と断言する。

 もう、2人とも何を言っているのか、わけがわからない。結局さおりはえなりが好きなのか、嫌いなのか、支離滅裂だ。

 ちゃんとお勤めをしている世の社会人たちにとって、週の仕事始めである月曜朝を数時間後に控えたこの時間帯。真っ当な社会人であれば、まずこんなドラマなんぞ視ている人はいないだろうし、テレ朝もそんな真っ当な社会人がこのドラマを視ることなど、まったく想定していないだろう。ゆえに、ドラマの出来をああだこうだ言っても、意味がない。こんなまったく支離滅裂なドラマをこんな時間に放送すること自体、まったく支離滅裂な行為なのだが、テレ朝がどんな意図でこのドラマを放送しているのか、ただただ気になる。えなりも込みで。

 そして蛇足だが、AKB内でトップクラスの人気を誇る正統派アイドル・渡辺の顔を、えなりが“撫で撫で”したこと、さらに食べ物を人間にかけまくるという、このご時世ではかなり勇気のいる演出も気になる。“えなりがまゆゆの顔を撫で撫で”も含めて、放送事故的とも批判されかねないシーンを放送してしまい、大丈夫なのだろうか。ドラマとしておもしろいかどうかは、まったくよくわからないのだが、とにかく気になるドラマであることは確かだ。私は好きだよ、『サヨナラ、えなりくん』。こんなドラマ、もっとあってもいいと思う。
(文=米倉奈津子/ライター)

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