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【リンちゃん殺害事件】容疑者を犯人断定のマスコミは危険…DNA型鑑定の危うさ

取材・文=深笛義也/ライター
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 DNAというと、決定的な証拠という印象がある。だが、1990年の「足利事件」ではDNAの一致を大きな証拠として有罪判決が下されたが、その後のより精緻な鑑定によりDNAは不一致であることが判明し、再審で無罪となった。97年の「東電OL殺人事件」でも、DNAの一致により下された有罪判決が、再審でDNAの不一致が判明し無罪となった。

「大半のメディアが、遺留物から検出されたDNAと被疑者男性のDNAが『一致』したと報じていますが、朝日新聞は『酷似』と表現しています。ちなみに、逮捕時の県警記者会見ではノーコメントでした。問題は、どこから検出されたDNAが一致または酷似したのかですが、その点が明確に特定されず『遺体に付着した遺留物』『体などの複数箇所から』といった曖昧な情報がほとんどです」(楊井氏)

 本件の場合、女児が行方不明になった日、被疑者の車が遺棄現場近くを走行していたことを示す証拠があるとも報道されている。刑事訴訟法199条、60条の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」と判断され、男性が逮捕・勾留されたのは確かだろう。

「一般的にいって、逮捕段階で起訴できるだけの証拠、つまり間違いなく男性が犯人であるといえるだけの決定的な証拠をつかんでいることは、ほぼありません。現在、まさにそれを見極めるための捜査が行われている最中です。その結果、検察が“明らかに犯人である”と立証できると判断できれば起訴し、そうでなければ不起訴ということもあり得ます」(同)

 日本新聞協会が2008年に策定した「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」には、「事件に関する識者のコメントや分析は、被疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けることのないよう十分留意する」と書かれている。

 本件に関する多くの報道は、これに背いているのではないだろうか。

 楊井氏が新聞協会に問い合わせたところ、「各社は本件事件においても、それぞれの判断と責任において、被疑者の人権に配慮して報道していることと存じます」「新聞社の報道は各社の編集権に基づいて行われており、当協会がチェック・指導することはありません」との回答だったという。

 冤罪の恐ろしさは、罪のない人に刑が科せられるということだけではない。その一方で真犯人がのうのうと日常生活を送り続けることになるのだ。リンさんへの犯行は極めて残忍であり、決して許されることではない。だからこそ、疑いがあるとして「逮捕された段階」の人物を犯人視して報道することは、慎むべきではないだろうか。
(取材・文=深笛義也/ライター)

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