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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

【没落する日本の半導体業界に激震の告発】坂本さん、エルピーダを潰したのはあなただ

文=湯之上隆/微細加工研究所所長

エルピーダとサムスン

 さらに、坂本氏に逆らったためかエルピーダを追い出され、サムスン電子に転職していたX氏(取締役)から次のような話を聞いた。私は同志社大学の教員だった05年9月にインタビューした(この頃にはすでに私はエルピーダに出入り禁止になっていた)。

 当時最先端の512M-DRAMにおけるエルピーダの歩留まりは98%、サムスンの歩留まりは83%であった。その数字を見てアナリストたちは、エルピーダの方が技術力は高いと評価した。しかしX氏は、「そんな評価はまったく意味がない」と言った。その理由は以下の通りである。

 第1に、512M-DRAMのチップ面積は、サムスンが70平方ミリメートル、エルピーダが91平方ミリメートルだった。したがって、直径30 センチメートルのウエハから取得できるチップ数は、歩留まり83%のサムスンが約830個、98%のエルピーダは約700個となり、歩留まりが悪いサムスンのほうが多数DRAMを取得できた(エッジエクスクルージョン<ウエハ外周の無駄になる部分>やスクライブライン<チップを切り出すときに無駄になる幅の問題>は省略した)。

 第2に、歩留まりを60%から80%に上げるのは比較的簡単だが、80%から98%に上げるためには、それとは質の異なる超人的な努力が必要となる。つまり、人、金、時間など膨大なリソースが必要となる。サムスンは歩留まり80%以上なら十分にビジネスが成り立つので、それ以上の歩留まりを追求する必要がないし、積極的にはやらない。
 
 第3に、サムスンは当時量産していたDRAMのシュリンク版について、4世代同時開発を行っていた。つまり、さらにチップ面積の小さなDRAMが、すぐ後に控えていた。この4世代同時開発は今も行われている。したがって、現行の量産品の歩留まり向上に過剰なコストをかけず、よりチップサイズの小さなDRAMの量産立ち上げを優先する。

 第4に、サムスンが選定している製造装置のスループット(ウエハ処理の効率)は、エルピーダの約2倍だった。つまり、1枚のウエハに回路パターンを形成する時間がエルピーダの半分。逆に、同じ枚数のウエハを処理する場合、エルピーダはサムスンの2倍の製造設備が必要となる。その結果、エルピーダのチップ原価は、概ねサムスンの倍となる(この話は私の調査結果とも符合する)。

 DRAMはチップ原価の半分以上を製造設備費が占める。仮にエルピーダのチップ取得数がサムスンより多かったとしても、利益率において、エルピーダはサムスンにまったく敵わない、とX氏は締めくくった。実際、05年の営業利益率は、サムスンが約30%、エルピーダが約3%と一桁も違っていた)。

目的と手段をはき違えていたエルピーダ

 
 このヒアリングから、無闇に歩留まりを上げることには意味がないということが、おわかりいただけただろう。本質的に重要なのは、DRAM1個当たりの原価を下げ、利益を増大させることにある。極論すれば、ウエハ1枚から1個しかDRAMができなくても、それで利益が出てビジネスが成立するならば、それ以上チップ取得数の向上にコストをかける必要はないのである。

 したがって、チップ取得数増大のための技術競争ではなく、1個当たりのチップ利益増大の技術競争でなくてはならない。利益増大のための一手法が、歩留まり向上であり、チップ取得数向上ということである。

 いくら世界一の微細加工技術で世界最小のチップをつくり100%の歩留りを実現したとしても、DRAM1個当たりの原価が増大してしまっては、まったく意味がない。むしろ、次節で述べる「DRAM 1~0.5ドル時代」が到来していた当時としては、有害とさえいえる。

 坂本社長が指揮していたエルピーダは、常に「歩留り100%」を目指していたが、それは、手段と目的をはき違えていたとしかいいようがない。

「悪弊」を放置して倒産

 07年に、格安PCのネットブックが発売されると、DRAM価格が1ドルを切った。私は、今は廃刊になってしまった業界誌「電子ジャーナル」に『DRAM1ドル時代到来』という記事を書き、その記事を同誌の記者に持たせて、エルピーダの坂本社長に取材に行かせた。というより、手をこまねいていると大変なことになると思ったので、坂本社長に警告したかったのである。

 ところが、坂本社長は「DRAM1ドル時代? あり得ない」と回答したという。その後、リーマン・ショックが到来してエルピーダは大赤字を計上し、09年には産業活力再生法適用第1号を受け、公的資金300億円が注入された。ところがそれでも、坂本社長が何も対策をしなかったためエルピーダの利益率は改善せず、12年にあっけなく倒産してしまった(図2)。

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 結局、坂本社長は私が04年5月に指摘した「過剰技術で過剰品質をつくっている悪弊」をまったく改めることができなかったため、倒産したのである。にもかかわらず、「CEO就任後にすぐにこの悪弊を改めた」などと、よくも言えたものだ。

 私はWedgeの記事を読み、そこに掲載されていた坂本氏の写真を見て、東京都議会の百条委員会で証人喚問された石原慎太郎元都知事の姿を髣髴した。石原氏は「記憶にない」「部下に任せていた」という発言を繰り返した。この責任逃れの態度が、坂本氏に重なったのである。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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