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北朝鮮の核脅威は、15年前の安倍首相の行動がもたらした可能性

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「軍人をシビリアンが抑えるという思い込みは誤りです。多くの場合、軍人のほうが戦争の現場をわかっているので、戦争には慎重なんです。戦前の日本のように政治家化した軍人はだめですがね。よくわからない政治家が、開戦への世論を煽ることのほうが多い。

 たとえばイラク出兵の前、日系アメリカ人のエリック・シンセキ陸軍参謀総長が議会で、イラクを攻撃するのであれば数十万人の兵力を数年間投入する必要があると答弁した。ラムズフェルド国防長官ら楽観主戦論者は、7万5000人で2週間で終結させられると主張していた。ラムズフェルドは議場でシンセキ大将を叱りつけ、シンセキはクビになったが、結局シンセキの言ったとおりになった。ソ連がアフガニスタンに侵攻する時でも、オガルコフ参謀総長が危険を説いて猛烈に反対し、ウスチノフ国防相と対立したことが、ソ連崩壊後明らかになりました」(同)

 一時期は、「金正恩の斬首作戦」ということまでいわれていたが、現在も存在するのか。

「アメリカ人には、敵の指導者を殺したらなんとかなるという、他国にはまずない映画のような独特の発想があります。しかし、要人の所在地をリアルタイムで掴むのは不可能に近い。ウサーマ・ビン・ラーディンを殺したのは、アメリカがアフガニスタンに侵攻してから10年後です。サダム・フセインを捕まえたのも、イラクを占領して全土を探し回り、捕まえるまで9カ月もかかっている。斬首作戦なんて無理ですよ。アメリカにやる気はまったくないから韓国での演習で特殊部隊のその訓練を公開している。やるなら言わずに密かに計画するでしょう」(同)

 振り上げた拳の行き場に困り、北朝鮮に対話を乞うトランプ。威勢はよかったが、結果としては北朝鮮に翻弄されているようにみえる。

平壌宣言履行されず

「今のように北の核ミサイルに日本がさらされないようにするチャンスはあったのです。02年9月17日、小泉純一郎首相が訪朝して、当時の金正日(キム・ジョンイル)総書記に会い調印された日朝平壌宣言は、北朝鮮が核開発を止めますという協定だった。北朝鮮は核に関するすべての国際的取り決めを遵守する。つまりNPTに残りIAEA(国際原子力機関)の査察を受ける、その見返りに日本は国交を樹立し、援助もしましょうという話でした。世界が懸念していた北朝鮮の核問題を日本がほぼ独力で解決したのだから、平壌宣言は「北朝鮮の信じがたい譲歩」を得た日本外交の大成功として世界から称賛され、国際会議で小泉氏は英雄扱いされました。

 しかし、北朝鮮が謝罪したことで日本の大衆ははじめて拉致の事実を知り、世論はそちらのほうで沸騰してしまった。最初は拉致被害者がまず帰ってきて、子供がいる2組の夫婦は日本の状況を確認して、いったん北朝鮮に帰って子供たちを連れて日本に帰ってくるという話だった。ところが、当時官房副長官だった安倍晋三氏は、帰すとまた捕まってしまうから帰さないと主張し、「それでは平壌宣言の履行は第一歩からつまづく」と言う福田康夫官房長官と激論になったそうです。結局はいったん調印された平壌宣言は、有名無実化してしまった。拉致問題についても、国交を樹立して大使館を開き、援助漬けにしてパイプをつくり情報を取るほうが定石だった。

 1990年にロシアは韓国と国交樹立して、北朝鮮を見捨てた。92年に中国も韓国と国交樹立して北朝鮮を見捨てた。孤立無援の状態になって、北朝鮮は核をつくり始めたのです。北朝鮮の核については、ロシアと中国の責任も大きいですよ。核の傘がなくなってしまったわけなので、自分でやるしかなくなった。孤立によって経済も破綻していたので、日本に助けてほしく、核問題で譲歩してきた状態だったので、絶好のチャンスだったのです。「北朝鮮はそれでも密かに核開発を続けようとするだろう」と私も考えたが。IAEAの査察を受けていれば小規模な研究程度しかやれず、核実験をすれば日本の援助は滞るから、こちらは手綱を握ることができたはずです。平壌宣言が履行されていれば、今の状況はなかったのです」(同)

(構成=深笛義也/ライター)

※次回へ続く

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