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小林敬幸「ビジネスのホント」

北欧国、幼稚園から社会人まで教育無償化で高い幸福度達成…経済成長と高福祉実現

文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者

 本連載でも書いたように、スウェーデンではほかの欧州諸国より人口比で多くの移民を受け入れながら、治安の悪化はより少ない。むしろ、移民受け入れによる文化の多様性を基盤に、新規事業の創造につなげている。今では受け入れ見直しの気運も出ているが、これまでのところ移民の受け入れを上手くコントロールしてきたといえる。これも、移民に対する手厚い教育によってできたことである。

 また、たとえ寒くて暗い自然環境であっても、充実した教育を受けられるほうがいいという意識の高い移民が、北欧を逆に選好した可能性もある。実際に現地で移民のタクシードライバーと話していると、英語の流暢さ、話す内容などを聞いても、レベルの高い印象を持つ。東欧や中東の母国では先生をしていたという人も多い。つまり、充実した教育という得意技で、厳しい自然環境をうまくメリットに変えて、質の高い移民を集めている。

自由と安全

 
 反移民・難民でアピールするポピュリズムの台頭は、自由と安全という古くて新しい矛盾する課題を思い起こさせる。安全を確保しようとすると自由を制限することになりかねず、自由を尊重すると安全を保障できない。それは、民主主義と安全保障という矛盾する課題ともいえる。日本においても共謀罪の議論が、この課題を思い起こさせた。この自由と安全、民主主義と安全保障の課題においても、教育が矛盾の解決策となっている。

 スウェーデンは、第二次世界大戦でナチスドイツと交戦もせず、かといって戦後枢軸国と認識もされない珍しい国となった。戦中にはドイツ軍から武器の輸送を強要され、中立違反だと閣僚が抗議の辞任をしたりしたが、なんとかそれで交戦を免れたりしている。このあたり、現実を冷徹に見据え、勝てないときは理念にこだわらず譲歩し、つっぱれるところはリスクをとってつっぱる、そのステップワークが見事だったというほかない。

 この機敏で的確な政策変更を、独裁制ではなく、国内の民主主義と自由を守り、議論を重ねた国民合意の上で成し遂げている。国民一人ひとりがしっかりと国際環境を認識して、現実的な政策に機敏に賛成できた。その基盤となるのが、教育なのである。

 19世紀にデンマークで始まったフォルケホイスコーレ(国民学校)運動は、北欧の国々での民主主義の普及に大きな貢献をしたといわれる。その伝統の影響だと思われるが、10代の頃から学校や家庭で、政治について活発に議論がされ、知識を蓄積し、現実的な判断力を磨く。

 駐日デンマーク大使フレディ・スヴェイネ氏によると「デンマークの子供は学校や家庭で政治について学び、議論を繰り返しながら育ちます。たとえば、私の家族には4人の子供がいるんですが、いつも自然と政治の話題が出ますね。日本の家庭事情はわかりませんが、デンマークの家庭では政治の話をすることはごく当たり前のことで、民主主義にとってとても大切なことなんです」(ウェブサイト「EPOCH MAKERS」より)という。

 スウェーデンに在住する、知り合いの高校1年のお嬢さんは、「学校で模擬国連があって、私は国連大使役なので、今軍事力に関する本を読んでいます」と話しておられた。

 彼らの安全保障に対する理解は深いだけに、平和ボケした我々日本人の目からは、かなり辛口で冷徹なものに見える。北欧諸国の軍事費のGNPに占める割合は、日本よりも常に大きいし、今年3月にはスウェーデン政府がロシアの脅威増大を理由に徴兵制の復活を決定している。これらの政策は、日本の「非武装中立」志向を消しきれない団塊リベラルからみると、ほとんど右翼と思われるかもしれない。

 しかし、これがグローバルに平和主義を標榜する人たちの国際標準だろう。これくらいの冷徹な国際政治の理解がなければ、北欧諸国が成功の実績を積み上げている、海外の紛争当事国の間に入る調停などおぼつかない。

 振り返れば、日本の安保法制の議論の時に颯爽と登場した学生団体「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」は、そのさわやかな印象から大いに期待されたものだが、国際政治と安全保障に関する理解があまりに稚拙だったため、失望を招いてしまった。資質としては素晴らしいものを持っているのだろうから、彼らに10代の頃から北欧並みにちゃんとした教育をしていれば、もっと現実的で魅力的な代替案を提示できたのではないかと惜しまれる。

 このように、北欧の国は自由と平等、国家主権と国際協調、経済成長と福祉、民主主義と安全保障という矛盾しトレードオフ関係にあると思われる課題を、教育という得意技を使って、相互補完的に組み合わせ社会の幸せな発展につなげている。

 もちろん、人口の少ない北欧での政策を日本で行うには、ある程度の変更と工夫が必要だろう。しかし、彼らが教育に投資することで、長期的にも短期的にも、経済的にも幸福度としても、より大きな果実を得た実績について、敬意をもって参照するべきなのは間違いない。

 はっきりいえるのは、日本においては、憲法改正に盛り込むかどうか、こども保険を導入するか、奨学金の充実で解決するかなど、些細な手続き上の問題で時間を浪費してはいけない。どんな方法でもいいから、いち早く教育に投資すれば、大きな効果があるのは確実だ。多少の無駄があっても、お釣りがあるほどの見返りがあるのだから。
(文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者)

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

1962年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、2016年までの30年間、三井物産株式会社に勤務。「お台場の観覧車」、ライフネット生命保険の起業、リクルート社との資本業務提携などを担当。著書に『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『自分の頭で判断する技術』(角川書店)など。現在、日系大手メーカーに勤務しIoT領域における新規事業を担当。

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