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東芝と日本郵政の巨額減損の「戦犯」、西室泰三の飽くなき権力欲

文=有森隆/ジャーナリスト
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「肩書コレクター」とは、西室氏に付けられたアダ名だ。00年に東芝会長になった西室氏が密かに目指したのは“財界総理”、経団連会長の座だった。西室氏は、東芝から3人目となる経団連会長に就く野望を抱いた。西室氏は01年から経団連副会長を務めていたが、東芝の会長から相談役に退けば次期財界総理の可能性がなくなる。そのため会長の座に固執し続けた。東芝の社長は通常、4年で交代していたが、西室氏は岡村正氏に社長を5年継続させた。だが、それでも西室氏は経団連会長になれなかった。

 東京証券取引所の会長になれたのも、絶対本命だった野村ホールディングス会長の氏家純一氏が断ったためだ。2番手だった西室氏にお鉢が回ってきて、二つ返事で引き受け、半年後に社長を兼務した。東京証券取引所のトップに就けば、受け取れる勲章は勲一等が相場といわれている。

 西室氏が東証時代に挙げた成果として特筆されるのは、ライブドアを06年に東証マザーズ市場から追放したことだ。ライブドアの堀江貴文社長(当時)は、ニッポン放送・フジサンケイグループの乗っ取りを図ったため、東証マザーズから追放された。

 新興企業がエスタブリッシュメントに挑戦するとどうなるか――。いわばライブドアを見せしめにしたのだ。これでベンチャー企業の息の根が止められた。新興市場である東証マザーズには、毎年30~50社が上場していたが、西室氏が東証会長兼社長、持ち株会社東京証券取引所グループ会長を務めていた5年間に新規上場は、一転して減少した。

 東証マザーズの上場会社数(カッコ内は前年比増減数)は以下の通りだ。

2006年末  185(+35)
2007年末  195(+10)
2008年末  196(+1)
2009年末  183(-13)
2010年末  179(-4)
2011年末  176(-3)
(ライブドアの上場廃止は06年4月)

 東芝本社ビル38階の役員フロアには社長、会長の職務室に加え、相談役の個室もあった。西室氏は、東芝の中興の祖、土光敏夫が使っていた部屋に居座っていた。これが経営者としての西室氏の原風景である。
(文=有森隆/ジャーナリスト)

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