遺骨の炭素窒素同位体分析、DNA鑑定が暴いた意外な真相

 リチャード3世の遺骨が見つかって5年。その後、遺骨の炭素窒素同位体分析、CTスキャン、DNA鑑定などから、リチャード3世の真相がまたひとつ明かされている。

 レスター大学の病理学者ガイ・ルティ氏らの考古学チームは、まず2~3年周期で生まれ変わる肋骨の炭素窒素同位体比を分析した結果、リチャード3世は、1483年の即位後にクジャクや白鳥、コイやカワカマスなどの高タンパク食品を好んで食べていたことがわかった(2017年5月15日付「朝日新聞」より)。

 また、リチャード3世は、肖像画で濃い茶色の髪と目を持つ人物として描かれる。だが、DNA鑑定によれば、96%の確率で青い瞳を持ち、 77%の確率で幼少期にブロンドで、即位時に茶色に変わったことが判明。

 頭部をCTスキャンして顔を復元したところ、細面の顔貌に頑丈な顎、大きめの鼻、薄い唇を備えたイケメンだった。遺骨の背骨は曲がっていたが、手足は萎えていなかった。残された手紙などから、中部イングランドのアクセントで話した可能性がある。

 さらに、リチャード3世の姉・アンの子孫2人のDNA鑑定を行ったところ、遺骨のDNAと一致したため、リチャード3世の遺骨と確認できた。ところが、リチャード3世の曽祖父の兄ジョン・オブ・ゴーントンの男系の子孫は、男系だけに継承されるY染色体が一致しなかった。

 つまり、ジョン・オブ・ゴーントンの子のヘンリー4世以降に、直系と異なる父系が存在し、リチャード3世は、その父系につながる事実を示している。

 遺骨は家具製造業を営む子孫がつくった棺に納められ、2015年にレスター大聖堂に安置された。遺骨の発見場所に「king RichardⅢ Visitor Centre」が建てられ、顔の模型を展示し、出土地点をガラス越しに上から眺められる。

 リチャード3世、無念の客死から532年。大聖堂の静謐な霊廟で耳を澄ませつつ、わが身の悪評が鎮まったご時世を眺めて、ほっと胸を撫で下ろしているだろうか。
(文=佐藤博)

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

シリーズ「DNA鑑定秘話」バックナンバー

※ 初出/健康・医療情報でQOLを高める「ヘルスプレス」

情報提供はこちら
RANKING
  • ヘルス・ライフ
  • ビジネス
  • 総合