その問題のドラマだが、まず『ごめん、愛してる』の場合は設定がぶっ飛び過ぎている。このドラマの主人公は母親に捨てられたが故、不自由な生活を強いられている。一方、その母親は著名なピアニストで何不自由のない贅沢な暮らしをしているという設定なのだが、日本では韓国ほど捨て子も多くなく、そこまで格差に敏感ではない。韓国の社会的背景を下敷きとした設定をそのまま日本に持ち込んでも、共感を得ることは難しいといえる。

 そしてもう一つ。ヒットしない最大の原因はドラマの構成にあると言わざるを得ない。ただでさえ突飛な背景であり、感情移入がしづらい設定だ。そこで必要となってくるのは、その背景や設定を飛び越える、視聴者を引き込むセリフ回しや、視聴者を裏切る展開やスリルだ。しかし、残念ながら、このドラマにはそのセリフや展開が不足しているように思われる。その影響で、このドラマにつきものの矛盾点が浮き彫りになってしまうのだ。

 たとえば、前回の第6話での大西礼芳演じる古沢塔子が、坂口健太郎演じる日向サトルに、意思疎通が図れない寝たきりの父親を紹介するシーン。日向が手を握った瞬間、父が覚醒し、そのまま亡くなるという、なにこの展開!? ありなの!? と、視聴者置いてきぼりのとんちんかんな展開と設定にあ然となった。

 母親の日向麗子を演じる大竹しのぶやその過去を知る重要なキーパーソン、日向麗子のマネージャー役を務める三田恒夫役を演じる中村梅雀、そして、主人公を翻弄するフリージャーナリストの加賀美修平役の六角精児など、演技に定評がある錚々たるメンバーが脇を固めている。しかし、ドラマ自体の設定や構成がイマイチなもんだから、演者たちの演技がうまければうまいほど、その演技だけが妙に浮いてしまうという残念な結果になってしまっている。

 以上のことから、ドラマの後半戦も視聴率が劇的に右肩上がりになることはなく、原作である韓国ドラマを超えることは厳しいといえそうだ。
(文=松庭直/フリーフォトライター)

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