群馬大学の例は医療事故ではなく犯罪に近いレベル
とはいえ、群馬大学の例は極めて異常なケースであり、これは医療事故ではなく犯罪に近いレベルであると言っていい。
交通事故でも、単なる不注意から死につながる事故もある。しかし、酒を飲んだり違法薬物を摂取して事故を起こせば、確実に犯罪だ。群馬大学の事例は、運転能力がないにもかかわらず、大型車を乱暴に運転したケースと同じようなものだ。
しかし、交通事故と同じで、日常診療の中では予測できない医療事故のリスクはあちらこちらに存在している。患者さんの安全を最優先にすることに異論はないが、真っ正直な医師がミスを起こし、それに対して過度な批難を浴びれば、その人たちの心が折れてしまう。
米国では「医師の燃え尽き症候群」が深刻な社会問題になりつつある。何かが起こると、まるで、医師全体が傲慢で謙虚さの欠片もないような論調の報道が溢れ、魔女狩り状態となる。そして、謙虚な気持ちで患者さんに接し、日々心を痛めている医師たちが萎縮し、心が燃え尽きてしまう。
謙虚な姿勢は、医師に対して求めるだけでなく、すべての職種に必要ではないだろうか。当然、メディアに対しても求められるものだ。私はSTAP細胞事件の魔女狩り報道を決して忘れない。
(文=中村祐輔)
編注:2014年、群馬大学病院第二外科の同一の医師が執刀した、保険適用外の腹腔鏡を使った肝臓手術で、患者8人が術後4カ月以内に死亡していたことが発覚。その後、腹腔鏡を使った手術だけではなく、開腹手術でも同一の執刀医によって過去5年間に10人が死亡していたことが判明。 2015年3月3日、群馬大学病院は、腹腔鏡手術にて死亡した8人全員について診療に過失があったとの調査結果を公表。開腹手術後3日目に死亡した患者1人については、死亡後にがんではないと判明したのに、執刀医はその事実を遺族に告げず、虚偽の診断書を作成していたと発表した。同年4月、2010年12月~2014年6月に腹腔鏡手術で8人と、2009年4月以降の開腹手術での10人の計18人が死亡したことがわかっていたが、すでに発表されている以外にも同じ執刀医による死亡者がいたことが判明した。
「中村祐輔のシカゴ便り(2017-09-14)」(http://yusukenakamura.hatenablog.com/)より転載
中村祐輔(なかむら・ゆうすけ)
シカゴ大学医学部内科・外科教授兼個別化医療センター副センター長。1977年、大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、84〜89年、ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。89〜94年、(財)癌研究会癌研究所生化学部長。94年、東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。95〜2011年、同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005〜2010年、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年、内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月より現職。