ADKはネット広告で出遅れた

 ADKは1999年に旭通信社と第一企画が合併して誕生した。旭通信社を一代で築いた稲垣正夫氏は広告業界の有名人だ。「全員経営」を標榜し全社一丸の猛烈営業で急成長を遂げ、1987年に広告会社として初めて株式公開を果たした。テレビのアニメ番組の広告に特化して「アニメのアサツー」と呼ばれた。

 第一企画との合併で電通、博報堂(現・博報堂DYホールディングス)に次ぐ第三勢力の地位を盤石にした。同時にADKはWWPと資本・業務提携し、20%の出資を受け入れた。

 ADKの誕生およびWWPとの資本提携の立役者だった稲垣氏は15年4月、心不全のため92歳で亡くなった。

 企業規模を拡大し外資の後ろ盾を得て攻勢に出ようとした矢先に、最大顧客の三菱自動車を失った。リコール隠し問題に揺れる三菱自は、広告費を大幅に削減。ADKは2001年に主要広告会社から外された。さらにドル箱だったアニメ番組の広告枠の採算が悪化していく。

 ここからADKの苦難が始まる。経営効率を優先するWPPと、広告主へのきめ細かいサービスを重視するADKの間に亀裂が深まった。

 ADKの17年12月期の連結業績は、売上高が前年同期比1%増の3547億円、営業利益は同12%増の62億円、純利益は同2.3倍の55億円の見込み。前期に出版子会社、日本文芸社を売却したことに伴う事業整理損が、今期はなくなり最終増益となる。中期経営計画では70億円の営業利益を目標に掲げているが、17年12月期には届きそうもない。

 日本の広告市場は大きく変わった。16年の広告市場はインターネット広告費が前年比13%増と、3年連続で2ケタ成長を遂げた。ADKはWPPとの関係を断ち、立ち遅れているネット広告に注力して収益力を高めることにしたとみられる。

 ベインのTOBが成立して、ADKは上場廃止にこぎつけることができるのか。TOBが不成立になれば、ADKの経営陣は総退陣に追い込まれる可能性が高い。

 ADKの植野伸一社長は、「今回の非上場化を新創業と位置づけたい」と語っているが、ベインのTOBに賛同したADKの経営陣は創業以来、最大の正念場を迎えている。
(文=編集部)

【続報】

 WPPは10月12日までにベインキャピタルによるADK株へのTOBについて「ADKの企業価値を過小評価している」との声明を出した。ベインの示す条件でのTOBには応じないとの考え方を正式に明らかにした。

 WPPは声明で、ADK経営陣は「より大きな利益をもたらす(ベインのTOB以外の)他の提案を検討したのか」と疑問を呈し、「ADK経営陣がベインから身分を保障されているならば、その条項を開示すべきだ」と主張した。ADKにはWPPから取締役が派遣されており、そこから情報を入手しているのかもしれない。M&Aの専門家などを取材すると「ベインのTOBが成立する可能性はほとんどない」という。それを見越してか、ADKの株価はTOB価格(3660円)をずっと上回っている(10月13日の終値3815円)。

 ベインはTOBが成立しても、完全子会社にできない場合には買ったADK株式を他に転売するかもしれない。「ベインはADKの経営の受け皿候補を他に想定しているのではないか」との見方が成立する。経営陣はWPPとの提携解消のためにTOBに賛同したのだろうが、経営陣が考えている通りにことは進んでいない。今回のTOB劇の結末は、まだ見えない。

※11月10日追記

 ビーシーピーイー マディソン ケイマン エルピーは、ADK株のTOB期間を当初は11月15日までとしていたが、21日まで延長すると関東財務局に届け出た。ベインはTOB価格の引き上げは否定している。

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