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「滋養強壮、うつ病対策に有効」との胎盤食、科学的根拠はなし?感染症のリスク大

文=ヘルスプレス編集部
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「胎盤食」が 産後うつ予防、母乳分泌促進になるという俗説 胎盤を食べるリスクは高い!の画像1

 米ワイル・コーネル・メディスン産婦人科のアモス・グリーンバウム氏らの研究チームは、出産直後に自分の胎盤を食べる「胎盤食(placentophagy)」は、感染症などのリスクが高いとする研究成果を8月28日付『American Journal of Obstetrics and Gynecology』に発表した。

 この発表によると、分娩後に胎盤を食べるために持ち帰りを希望する女性が増えたため、グリーンバウム氏に産科医からの問い合わせが増えているとのこと。というのも、胎盤食は、産後うつの予防、気分や活力の向上、母乳の分泌促進、産後の出血抑制などの効果があると流布されているからだ。

哺乳類の多くは産後に胎盤を食べる

 ヒトの胎盤食に関する記述は、約100年前の文献に見られるが、最近は一部の有名人が胎盤食を支持していると公表したことから、一般女性の関心がにわかに高まっている。アメリカの女優、ジャニュアリー・ジョーンズさんも出産後に胎盤を食べたと取材で発言している。

 ただ、哺乳類の多くは産後に胎盤を食べることが知られているが、ヒトの胎盤は分娩後に医療廃棄物として処理されるのが通常だ。

 日本でもほとんどの総合病院や産科では医療廃棄物として処理されているため、公にはそうした行為はありえないが、「食べさせてくれる病院がある」という噂もある上に、自宅で産んでいる場合などでは、実体は不明だ。日本でよく知られているところでは、ロックバンド、マキシマムザホルモンのドラマーであるナヲさんがブログで胎盤食を公表し、話題となった。

 胎盤の食べ方は、生食または加熱調理のほか、乾燥させて食べたり、カプセルやスムージーで摂取する。最も多いのはカプセルの摂取だが、米国ではすでに多くの企業が200~400ドルの費用で胎盤を食用に加工するサービスを提供している。

 しかし、グリーンバウム氏らが胎盤食に関する文献のレビューを詳細に行った結果、胎盤食を推奨する人たちが主張するような健康上のメリットを裏付けるエビデンスは発見できなかった。

 一方、今年6月に米疾病対策センター(CDC)は、汚染された胎盤カプセルを摂取した母親の子どもがB型連鎖球菌による敗血症を発症したと報告している。

 CDCは「胎盤の加熱処理が不十分なら、HIV(免疫不全症候群)、ジカウイルス、肝炎などのウイルスが死滅しない恐れがある。胎盤を食べるかどうかの決断は、願望的思考ではなく、科学的情報に基づくべきであり、医師は患者に正しい情報を伝えるべきだ」と強調している。

 米クリスティアナケア・ヘルスシステム産婦人科のマシュー・ホフマン氏は「タイムリーかつ有用な情報だ。最近、胎盤食を希望する女性が増えているが、どのように対処するべきか、グリーンバウム氏らの報告が少なからず役立つだろう」と述べている。

 なお、最近の調査によると、産科医の約54%が「胎盤食について情報が不十分」だと感じ、60%が「胎盤食に賛同すべきかどうかわからない」と回答している。

 ホフマン氏は「胎盤食は、明確なリスクがあり、宣伝されているメリットに科学的根拠はないことを患者に伝えなければならない。患者にとって最善の意思決定を促すために、今回の研究は大いに役立つ」と話している。

熱を帯びる胎盤食論争

 胎盤食は、何やら謎めいたヌメリのあるバズワードだ。古今東西、人類は種々雑多、稀味異形の食材を矯(た)めつ眇(すが)めつ、恐る恐る蛮勇をふるっては口々に運んだ。

 中国人の食狂いを「四本足は机以外、二本足は両親以外、飛ぶ物は飛行機以外、水中の物は潜水艦以外なんでも食べる」と嗤う。だが、中国人にすれば、「民は食をもって天となす」という中国料理(広東料理)の真髄を鼻高々に誇ったジョークにすぎない。

 かの夏目漱石も小説『吾輩は猫である』の一節に「始めて海鼠(なまこ)を食い出(いだ)せる 人は其胆力に於て敬すべく」と唖然として書き記している。だが、誰が最初に胎盤を食べたかまでは、くしゃみ先生もご存じなかったに違いない。

 さて、先日したように、哺乳類が出産後に胎盤を食べる行為が胎盤食だ。有胎盤哺乳類のほとんどは胎盤を食べるが、ヒトを筆頭に、鰭脚類(ネコ、イヌ)、鯨類、ラクダなどは食べない(Mark B. Kristal (2 February 1980), “Placentophagia: A Biobehavioral Enigma”, Neuroscience and Biobehavioral Reviews4: 141–150, doi10.1016/0149-7634(80)90012-3,)。

 胎盤は、母体由来の「基底脱落膜」と胎児由来の「絨毛膜絨毛」からなる。母体と胎児の代謝物質交換、ガス交換、免疫学的支援、ホルモン産生、妊娠の維持などの生命にかかわる重要な役割を担う。

 胎盤は分娩時、胎児に続いて「後産」として娩出されるが、後産とともに排出される羊膜・臍帯などを「胞衣(えな)」と呼ぶ。さらに残存している変性した胎盤、胎膜、子宮粘膜の分泌液、血液など、ほぼ完全に体外に排出される残存物を「悪露(おろ)」と総称する。

 胎盤に産出される蛋白質ホルモンは、黄体を維持する「ヒト絨毛性ゴナドトロピン (hCG)」 と乳腺を刺激する「ヒト胎盤性ラクトゲン (hPL)」 があり、ステロイドホルモンは、妊娠を維持する「プロゲステロン」と子宮や乳腺を刺激する「エストロゲン」に分かれる。

 産後、胎盤は臓器としての役割を終えて脱落する。先述のように、産後に羊膜などと一緒に胎盤を食べ、分娩による消耗を補填する動物もいる。

 また、ブタ、ウマ、ヒトなどの胎盤は、医薬品として漢方薬の紫荷車(胎盤を乾燥させたもの)のほか、化粧品や健康食品などにも利用されている。

 さらに、胎盤食は、滋養強壮、更年期障害防止、エイジングケア、産後の貧血や抜け毛対策、母乳分泌不全の改善、うつ病対策などに効果があると宣伝されている(「自分の胎盤をナマで食べるのが一番」。英女性が3度の経験を告白。Techinsight. 株式会社メディアプロダクツジャパン 2014年9月10日)。

 しかし、胎盤食を実行した女性の人数や、効果に関する科学的な調査研究結果は、まったく見当たらない(AFPBB News. Raphaëlle PICARD. 「胎盤食べて活力アップ?出産後の新健康法、米国でじわり浸透」)。

 英国王立産婦人科学会の産科医・広報担当マギー・ブロット氏は、産後うつ病の理論についての論争で、こう結論づけている。

「動物は栄養をとるために胎盤を食べる。しかし、人間はすでに充分滋養が与えられているので、利点も理由もない」と、胎盤食の医学的根拠を否定している(BBC News Why eat a placenta? 2006年4月18日) 。

 胎盤は捨てるべきか、食うべきか。
(文=ヘルスプレス編集部)

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