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「高くなった」幸楽苑、深刻な客離れで危機…利益は日高屋の32分の1、高級路線がアダ

文=編集部

ラーメン以外のジャンル進出で巻き返しを図る

 幸楽苑は1954年、新井田司氏が福島県会津若松市に「味よし食堂」を開店したのが始まり。息子の新井田傳氏が東京での修業を終えて帰郷し、66年に入社。修業先の「幸楽飯店」から2文字もらい店名を「幸楽苑」とした。70年に株式会社に改組し、78年に父の後を継いで社長となった。

 97年にジャスダックに店頭登録。2002年に東証2部、翌03年に東証1部に昇格。15年7月に持ち株会社体制へ移行、幸楽苑HDを設立して社長に就任した。

 傳氏はペガサスクラブの渥美俊一氏からチェーンストア理論を学び、その教えを忠実に実践した。

 渥美氏が創設したチェーンストアの研究団体「ペガサスクラブ」からは、ダイエーの中内功氏、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏、イオンの岡田卓也氏など、日本の流通革命を担った若手経営者が育っていった。また、ニトリホールディングスの似鳥昭雄氏はペガサスクラブの第二世代の門下生として国内最大の家具チェーンをつくり上げた。

 傳氏も“渥美学校”の優等生だ。その教えを守り、国内最大の出店数を誇るラーメン店チェーンを築いた。東は北海道から西は中国まで、ショッピングセンターのフードコート店と郊外店を中心に展開している。

 15年4月、看板商品だった290円(税別、以下同)の「中華そば」の販売を中止し、520円の「醤油らーめん 司」に切り替えた。

 06年に基本メニューの中華そばを390円から290円に値下げした。来客数と売り上げは伸び、2012年に国内500店舗を達成。国内有数のラーメンチェーン店になったものの、客単価が下がったことや、原材料の高騰に伴い、15年に200円以上高い500円台の新しいラーメンを主力商品とし、それまでの低価格路線から決別した。

 高単価路線に切り替えた結果を見てみよう。国内直営店(既存店)の17年4~9月上半期の売上高は前年同期比2.0%減、客数は3.1%減。“異物”混入事件の後遺症を引きずっている。

 次の勝負は、ラーメン一本足打法から脱却である。その第1弾が「いきなり!ステーキ」への業態転換だ。客単価が2000円を超すステーキ店なら、人件費の高騰にも対応できると判断したのだ。

 11月13日の終値で計算した時価総額は、幸楽苑HDが307億円、対するハイデイ日高が962億円。3.1倍の差が生じた。「いきなり!ステーキ」は巻き返しの切り札となるのか。
(文=編集部)

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