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筈井利人「一刀両断エコノミクス」

安倍政権の賃上げ圧力は、大量失業を招く

文=筈井利人/経済ジャーナリスト
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市場の失敗ではなく、政府の失敗

 しかしその背後で、米経済は未曽有の大量失業に苦しむことになる。経済学者リチャード・ベダーとローウェル・ギャラウェイの推計によると、米失業率は1929年1月から10月までの平均が2.44%だったのに対し、株暴落翌月の11月は5.0%、12月は9.0%に上昇する。その後、12月時点の値を追うと、1930年が14.4%、31年が19.8%、32年が22.3%。フーバーが退任した33年3月には28.3%にも達した。

 それまでの米政府が賃金を自由に下落するに任せたのと対象的に、フーバー政権では政府の介入のせいで賃金がなかなか下がらなかった。ベダーらは「労働市場は政府の介入で通常の働きを妨げられた。この介入のせいで、激しい衝撃で始まった不況が大恐慌に転じた。市場の失敗ではなく、政府の失敗こそ問題だった」と分析する。

 しかも失業の苦しみは、社会的弱者にひときわ厳しく襲いかかった。企業に賃下げが事実上禁じられたことで、技能や経験の乏しい労働者を安い賃金で雇うことができなくなったためである。1931年1月時点で、デトロイト市では黒人女性の失業率が約75%(全国平均は14%)に達した。

 フーバーに賃下げはしないと誓った企業は、1931年秋ごろまで、懸命に約束を守ろうとしたが、経済の繁栄が最高潮に達した株暴落直前の賃金水準を維持するのは、さすがに厳しくなってきた。卸売物価が30年に10%、31年に15%とそれぞれ大きく下落したため、名目賃金を横ばいに保つだけでも、物価を考慮した実質賃金は急上昇した。

 こうしたなか、ついに賃下げの動きが広がる。大企業で先陣を切ったのは鉄鋼大手のUSスチールで、1931年9月、賃下げに踏み切った。建設業は31年末、フーバー政権が承認しないことを恐れ、ひそかに賃下げを行った。独自の哲学で一時は賃上げを実施した自動車王フォードさえ、32年には賃下げに追い込まれた。

 フーバーは最後まで、みずからの賃上げ圧力のせいで大量の失業が発生し、不況が深刻になったことを理解しなかった。1932年秋、再選を目指した大統領選での演説で、政策の成果を誇らしげにこう強調した。

「不況の歴史上初めて、企業の配当、利益、生活費が減少しても、賃金は下がりませんでした」

 実際には、賃金だけがフーバーの圧力によって高止まりしていたため、実質賃金が上昇し、大量の失業を招いたのである。当然ながら、フーバーは再選を果たせなかった。

 安倍政権が企業に賃上げ圧力をかけ、それに企業が従えば、目先は労働者の人気を集めるかもしれない。しかしいずれ景気が悪化した際、大量失業というツケを払わされるのは労働者自身である。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

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