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連載
江川紹子の「事件ウオッチ」第94回

今度は『ガキ使』黒塗りメイクが物議…なぜ差別的表現が繰り返され、擁護されるのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 また、在留外国人も訪日外国人も年々増えている中、日本の価値観では「差別する意図はない」からそれでよい、とだけ言っていてよいのだろうか、とも思う。最初に問題を指摘したのは、横浜在住のアメリカ人である。しかも、彼のツイッターなどにより、浜田さんのブラック・フェイスの写真は世界に発信された。SNSの世界では、国境は関係ない。

 それに、ブラック・フェイスを差別的に受け止める倫理観や感性を共有しているのは、アメリカだけではない。イギリスも同様だ。そうした価値観はさらに広がり、オランダのクリスマスのお祭りで、サンタクロースの従者として登場する「ブラック・ピート」に対しても批判が起きている。最近のアムステルダムでは、白人が顔を黒く塗って黒人に扮する代わりに、灰色の顔をした煙突掃除のピートが登場した、とイギリスBBCは報じた。

 来年にはラグビー・ワールドカップが開催され、再来年にはオリンピック・パラリンピックで世界中から人が集まる。

 海外での倫理観と感性の変化を知らないまま、日本が全く「差別する意図」なく、むしろ敬愛の情と共にブラック・フェイスで“おもてなし”をしたとしたらどうだろう。ブラック・フェイスに対して、私たちが「保毛尾田保毛男」に感じるような嫌悪感を抱いている倫理観と感性の持ち主たちに、「差別する意図はなかった」という弁明は通用しない。

 ブラック・フェイスは、自身への侮蔑や差別的な表現として少なからぬ人々に不快の念を抱かせることは、実感をもって共感できないとしても、少なくとも教養として知っておくべきだろう。公共の電波を使い、人々の倫理観と感性に大きな影響を与えるテレビ局はなおさらだ。漫然と、面白いからというだけでブラック・フェイスを流し続けるのではなく、こういう企画が上がってきた時に、まずは立ち止まって考える必要はあるのではないか。

 私自身も、今回の問題を機に、自分の中にも差別する心があることを認めながら、時代に合った倫理観と感性とは何なのかを考えていきたいと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か – 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。
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