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ユニクロ柳井氏、社長交代撤回で生涯現役か…国内不振深刻で事業モデル転換へ

文=編集部
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情報製造小売業にビズネスモデルを転換

 柳井氏は昨年10月12日の決算発表の席上、次のようにビジネスモデルの転換を表明した。

「商品を企画、製造するだけではなく、情報を商品化する情報製造小売業を目指す。本格的なグローバル化、デジタル化は世界各地で同時に始まり、あらゆる産業に影響を与えている。今後は業界のボーダーが消滅していくと考えている。我々はアップルグーグル、アマゾン、中国アリババ集団やテンセントなど世界中のグローバル企業と協力していく。こうした企業は競合相手であると同時に協力者だ」

 2度目のビジネスモデルの転換といえる。かつてアパレル業界では、百貨店や専門店がアパレルメーカーから仕入れた商品を販売してきた。ところがファストリはSPA(製造小売業)を標榜した。商品の企画・開発から調達・生産・流通・広報・店舗運営・販売まで一貫して自前で行うビジネスモデルだ。SPAの成功でユニクロは全国ブランドになった。

 柳井氏は再度、ビジネスモデルを転換するという。SPAに情報という新たな要素を加え「情報製造小売業(ISPA)」という新しい形態につくり替える。使いこなせていなかった顧客情報をうまく活用できれば、「売れない商品をつくらずに済む。在庫処分の値引きセールも必要なくなる」というわけだ。消費者が欲しい商品を選んでから、初めて工場を動かすビジネスモデルである。

「新しい酒は、新しい革袋に盛れ」ということわざがある。ISPAという新しい革袋には、新しい人材が絶対に必要だ。柳井氏が70歳までに社長の椅子を若い人に譲るという発言の裏には、切羽詰まった事情が隠されている。

 柳井氏の長男の一男氏は米投資銀行ゴールドマン・サックス、二男の康治氏は三菱商事で武者修行した後、ファストリに入社し、いずれも現在、執行役員を務めている。柳井氏は2人の子どもに関しては「大株主として経営の監視役になる」ことを想定してきた。

 柳井氏は「世襲は絶対にない」と発言したが、翻すことは十分にあり得る。とはいっても、柳井氏は「血の継承より、会社の成長」に最大限の価値に置いている。後継者は、会社を成長させる“力仕事”ができることが絶対条件だ。

 SPAにビジネスモデルを転換したとき、旭硝子などを経て入社した玉塚元一氏(ローソン顧問)を後継社長に抜擢した。だが、3年後の05年、業績が足踏みしたため、玉塚氏を解任した。玉塚氏は安定志向で、柳井氏が頭に描いていた社長像とは相容れなかったといわれている。

 柳井氏が社長に復帰し、その後、ファストリは世界のファストファッションの強豪の一角を占めるまでに成長した。

 ISPA時代を率いる経営者として、デジタル化で成果を挙げた若手の執行役員の起用を想定しているのではないかと指摘されている。果たして、2兆円の売り上げを2.5倍の5兆円に引き上げる、文字通りの“力仕事”ができる人材が社内で見つかるのか。1年後、柳井氏の社長続投宣言を聞く可能性もある。
(文=編集部)

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