ビジネスジャーナル > ライフニュース > 総武線のおかしな街・平井  > 2ページ目
NEW
三浦展「繁華街の昔を歩く」

JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だった

文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表
【この記事のキーワード】, , ,

 この擬宝珠工場のほかにも、昔は多くの町工場があったらしい。今はたいがいマンションに変わってしまった。それでも平井には253の製造業事業所があり、江戸川区全体の2146事業のうち、1割以上を占める。平井よりも多いのは松江の351事業所だから、工場街としては大きかったことがわかる。

 平井出身の30代の男性に聞いたところでは、小学生、中学生時代には街を駆け回って遊んでいたらしく、マンションの屋上に上っていちばん縁を走ったりしたという。危なくてしょうがないが、下町の子どもらしいといえば実に「らしい」遊び方だ。鳶職になる人だってこういう下町には多いだろうから、子どもの頃からマンションの屋上を駆け回っても当然なのだろう。

 そういう子どもがたくさんいたせいか、工場の塀にも「きけん へいにのぼるな」「はいってはいけません」の張り紙や看板が、ずいぶん昔のもののようだが、残っている。単にのぼって中を見ただけでなく、塀の上を走ったのに違いない。

JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったの画像6擬宝珠をつくる工場
JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったの画像7わんぱくな子どもたちが街を駆け回って遊んでいたらしい。

急な階段が好きな街?

 こうした工場街の特徴のひとつは、工場経営をしている人が、その技術を示すために、ちょっと普通は考えられない建物を建てることがあるという点だ。これは下町でなくてもあることだが、たとえばダクト工場の本社がダクトを壁面に縦横無尽に貼り付けていたり、水道工事会社がパイプを貼り付けていたりするのである。

 また工場街は住宅地の土地が狭い。だから、階段が急だったり、玄関が小さかったりする。玄関はドアではなく引き戸が普通だ。昔の長屋風ということもあるが、土地が狭いからドアより引き戸が便利なのだと思う。

 私はそういう変則的な階段や建物を見るのが大好きなので、平井でも探し歩いたが、大発見をひとつした。狭くて急な螺旋階段を上って2階の玄関に行き、さらに屋上の物干し場に行くには別の窓(?)から出てまたしても急な階段を上るというものである。こりゃあ、ずいぶんと身の軽い人が住んでいるんだろうなあ、やっぱり鳶職の人かしらと感心した(ただし住人の職業を確かめたわけではないが)。

 こういう建物は古いので、いずれはなくなってしまい、ただの四角いビルに建て替わるだろう。昭和の記録、高度成長期の記録がなくなるようで、寂しい。
(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったの画像8きわめて変則的な階段が特徴的な住居。下町の工場地帯ならではの魅力だ。
JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったの画像9
JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったの画像10平井の三業地

三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表

三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表

82年 一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。
86年 同誌編集長。
90年 三菱総合研究所入社。
99年 「カルチャースタディーズ研究所」設立。
消費社会、家族、若者、階層、都市などの研究を踏まえ、新しい時代を予測し、社会デザインを提案している。
著書に、80万部のベストセラー『下流社会』のほか、主著として『第四の消費』『家族と幸福の戦後史』『ファスト風土化する日本』がある。
その他、近著として『データでわかる2030年の日本』『日本人はこれから何を買うのか?』『東京は郊外から消えていく!』『富裕層の財布』『日本の地価が3分の1になる!』『東京郊外の生存競争が始まった』『中高年シングルが日本を動かす』など多数。
カルチャースタディーズ研究所

JR総武線のおかしな街・平井に行ったら異世界だったのページです。ビジネスジャーナルは、ライフ、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!