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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

50代の半導体技術者、報酬数十倍で中国企業が争奪戦…役職定年が日本企業を弱体化

文=湯之上隆/微細加工研究所所長

UMCと中国のJHICCの合弁会社

 
 電子デバイス産業新聞(17年12月7日号)によれば、JHICCが18年1~3月に月産6万枚のDRAM工場を新設すると書かれている。ここに、UMCが台湾で開発した40~28nmのDRAM技術を供与するという。

 ところが、複数の装置や部材、材料のメーカー筋の情報によれば、上記記事はあまり正しくない。JHICCは、最先端の1xnmDRAMを狙っており、規模も月産10万枚から始めて30万枚まで増産する計画というのである。

 JHICCはUMCと16年5月にDRAMのR&D(研究・開発)契約を結んでいる。UMCは台湾南部の工業団地「Southern Taiwan Science Park」に100人の技術者から成るR&Dチームを編成した。UMCはJHICC にDRAM技術を提供し、そのライセンスによるビジネスを行う。

 確かにUMCの技術だけなら、せいぜい40~28nmの2周回遅れのDRAM技術がせいぜいであろう。しかし、JHICCには旧エルピーダのDRAM技術者が多数存在する模様である。彼らが核になれば、1XnmDRAMを狙っているということも、まんざら夢物語ではない。

LuiLi(旧Hefei Chang Xin)

 Hefei Chang Xinは当初、サイノキングと提携し、中国安徽省(Anhui province)合肥(Hefei)市政府が支援して、72億ドルを投資し、月産30万枚のDRAM工場を建設する計画だった。サイノキングとは、12年に経営破綻したエルピーダメモリCEOだった坂本幸雄氏が設立したDRAM設計開発会社である。「サイノ=中国の、キング=王」、つまり「中国で圧倒的に優れたDRAMをつくっていきたい」というコンセプトだった。

 坂本氏は日本と台湾の技術者10人でサイノキングを設立し、日韓台の技術者250人を集め、日韓台中で1000人の技術者集団形成を目指した。サイノ社側が次世代メモリを設計し、生産技術を供与し、上記工場が最先端DRAMを生産するという構想だった。

 その第1弾として「IoT」(モノのインターネット)用の省電力DRAMを設計し、早ければ17年後半に量産することを目指していた。その際、技術者250人を3年間、中国へ派遣して、750人の中国人技術者にDRAMの開発や量産方法をOJTすることを目論んだ。

 ところが、坂本CEOが技術者一人につき3年で3億円を要求し、さらに上記IoT用DRAMのIPの所有権はサイノ側にあり、これを他のDRAMメーカーに対してIPのライセンスビジネスを行うことを条件に盛り込んだため、交渉は決裂し、破談となった。

 これでHefeiはDRAMビジネスを諦めたかに思われたが、その後、社名をLuiLiに変え、こっそりDRAMをつくろうとしているという。LuiLiは装置メーカーに対して17年末に導入を依頼し、18年第1四半期に製造装置据え付けを始めるとしている。また、材料メーカーに対して、DRAM工場が稼働する18年第1四半期以降の供給確保を依頼している。

 LuiLiは、マイクロンが買収したイノテラの技術者をごっそり採用した。これに対してマイクロンは、LuiLiを情報漏洩で訴えている。加えて、LuiLiには香港に2つのR&Dチームがあり、一つは前SK hynix技術者、もう一つは前エルピーダ技術者が在籍している模様である。

大量の半導体技術者が必要な中国

 判明しているだけでも中国には月産30万枚の3次元NAND工場、月産10~30万枚のDRAM工場が3カ所、月産50万枚のファンドリー工場の建設計画がある。全部合わせて、約10万人規模の半導体技術者が必要となる。

 実際、中国のXMCは、韓国サムスン電子の中国西安工場の技術者やオペレーターをごっそり引き抜いた。次に、言語の壁がない台湾の半導体技術者を青田買いした。世界最大のファンドリーである台湾TSMCは世界一給料が高い半導体企業で知られるが、その数倍もの給料を提示してTSMCの工場が一つまるごと運営できなくなるほど大量に技術者を引き抜いたと言われる。

 このような中国企業の半導体技術者の引き抜きに、韓国や台湾は政府レベルで対抗措置を講じつつあるようだ。その結果、中国企業のヘッドハントの矛先は、日本に向けられている。中国企業は、大学教授や事業部長クラスには支度金10億円以上を提示しているという話を聞く。また、経験10年以上(32歳以上)の半導体技術者には、年俸3000万円程度を提示している事例を見たことがある。

 実際、昨年、このような高額な年俸に目が眩み、「中国半導体企業に転職したい」という相談を、若手技術者から複数件受けた。筆者は内心、「一度きりの人生だ、窮屈な日本を飛び出して、世界の舞台で挑戦してみるのもいいのではないか」と思う一方、「君程度の経験と実力では、1~2年で放り出されるかもしれない」というリスクもあると感じていた。

 しかし、その場では「君の人生は、君自身が決めるべきである」と言って突き放した。「行ってみたら?」とか、「行かないほうがいいのでは?」とは一言も言わなかったし、言うべきでないと思ったからだ。

役職定年者の向かう先

 このように、中国は大量の半導体技術者を必要としており、募集もしている。そこで問題になるのが、冒頭で述べた役職定年になった半導体企業の部課長クラスの社員である。彼らは、マネージャーであり、プレーヤーではない。したがって、中国企業に行って技術の現場の実務を行うことは難しいかもしれない。

 しかし、約30年もの長きにわたって半導体に関わってきた実績があり、豊富なノウハウの蓄積がある。その経験やノウハウは、これから半導体工場を立ち上げようとする中国企業にとって、喉から手が出るほど欲しい能力であると思われる。

 たとえば、筆者は1987年~2002年まで日立やエルピーダなどで、主としてDRAMのドライエッチング技術開発に関わってきた。15年ほど実務から離れているので、最先端の技術を、身を持って知っているわけではない。

 しかし、ドライエッチングの技術開発の方法や量産立ち上げの手法は、よくわかっている。したがって、ドライエッチンググループの課長をやれと言われたら、できる自信がある。現代は、製造装置メーカーが装置だけでなく基本的なプロセスも開発してくれるので、それを最大限有効活用すればいいのである。自社でプロセス開発をする必要は、ほとんどない。

 必要なのは、ラムリサーチ、アプライド・マテリアルズ、東京エレクトロンなどの装置メーカーをいかにうまく使うか、それを部下たちにどうやらせるかということだけである。これは実にたやすい仕事である。そして、役職定年となった部課長なら、多くの者がこの程度のことを朝飯前でやってのけるであろう。

 このような簡単な仕事に、現在の数倍~数十倍もの報酬がもらえるとなったら、その転職を止めることは誰にもできない。中国という異国で仕事をしなければならないというリスクは伴うが、養う家族があり、家のローンもあるとなれば、そのくらいの困難は乗り越えられるのではないかと思う。

時代に合わない役職定年

 役職定年という理不尽な処遇を受けた社員を主語にすれば、「そんな会社はさっさと辞めて、もっと待遇の良い企業へ転職すべきだ」ということになる。一方、日本の半導体企業または日本の半導体産業を主語にすれば、55歳という年齢に達したという理由だけで部課長を役職定年にした結果、人材も技術も流出しまうことになり、そのダメージは計り知れない。したがって、そのような人材流出を止める施策が必要であろう。

 現在の日本人を考えると、55歳で役職定年とか、60歳で定年というのは、時代にそぐわない制度であるように思えてならない。たとえば、東芝がスポンサーを降りることになった長寿アニメの『サザエさん』(フジテレビ系)では、一家の家長である磯野波平が54歳、その妻のフネが48歳という設定になっている。『サザエさん』の第1回放送は1969年で、高度経済成長の真っただ中だった。その当時、54歳の男性は限りなくお爺さんに近く、48歳の女性は限りなくお婆さんに近かったのである。「55歳で役職定年」というのは、大昔の高度経済成長時代の「サザエさん」の頃を踏襲した制度のように思えてならない。

 56歳の筆者が感じるのは、現代において55歳というのはバリバリの現役といっても過言ではないということだ。それを、時代にそぐわない役職定年という制度で飼い殺しにするというのは、日本全体でみれば、人材の無駄遣いにほかならない。また、そのような人材が他国へ流出するということは、日本の製造業の競争力を低下させる原因にもなる。

 昨今、日本の総人口の減少や少子高齢化による労働人口減少などを背景に、「働き方改革」ということが盛んに叫ばれている。しかし、その議論のなかで「高齢者を活用する」ということはいわれているが、「役職定年をなくす」という話を聞いたことがない。日本が真剣に「働き方改革」を行いたいのなら、時代にそぐわない役職定年という制度を即刻廃止するべきである。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

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