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キャバレーと日本人…銀座「白いばら」に行ったら大盛り上がりでメチャクチャ楽しかった

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銀座「白いばら」の外観
 ピンク映画、西洋のお城のようなラブホテル、赤線跡……。かつて日本全国のあちこちで見られた「昭和の遺産」というべき文化や風俗は、今や絶滅の危機に瀕している。


 それを象徴するのが、平成末期になっても東京・銀座に唯一現存していたグランドキャバレー白いばら」の閉店だ。インターネット上でも話題となったように、白いばらは2018年1月10日をもって86年の歴史に幕を下ろした。

 いったい、グランドキャバレーとは、そして白いばらとはどういう店だったのか。閉店を前にした昨年12月中旬、実際に同店を訪れた。

高度成長期に隆盛を迎えたキャバレーの衰退


 グランドキャバレー(以下、キャバレー)は、第二次世界大戦後の進駐軍向けサロンをルーツとする「大人の社交場」だ。店内にはステージがあり、きらびやかな照明のフロアをドレス姿の女性が行き来し、ボックス席には嬌声が響く。

 隆盛を迎えたのは高度経済成長期の1960年代で、全国各地に豪華な内装の大箱が続々と誕生。「キャバレー太郎」と呼ばれた福富太郎のハリウッドグループ、三経本社のロンドングループなど、全国チェーンも生まれた。

 しかし、80年代になると、よりカジュアルなキャバクラやスナックなどに客を奪われてキャバレーは低迷期に入り、昭和が終わる頃には店舗数が激減する。

 2015年6月には風俗営業法が大幅に改正され、1号営業(キャバレー)と2号営業(クラブ・ホストクラブ・キャバクラなど)が新1号営業として統合。これによって、法律上のキャバレーも消滅した。

 そして、昨年8月には東京・蒲田にあった老舗キャバレー「レディタウン」が閉店し、それに続くかのように86年の歴史に幕を下ろしたのが白いばらだ。

割り箸に挟んだ1000円札が飛び交うショー


 白いばらは、銀座3丁目のガス灯通りの中ほどにある。まず目を引くのは、青と白の建物にレトロな電飾。正面入口の上には「創業昭和6年の社交場」「健全 明朗 女性とお話を楽しむ店です」の文字があり、その下の壁面には大きな日本地図が掲げられている。

 この「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」のキャッチコピーとともに各県にホステスの名札が下がっている地図、そして昭和感が色濃く漂う店構えは、長らく古き良き銀座の風景としておなじみとなっていた。


 驚いたのは、行列ができるほどの客が押し寄せていたことだ。12月中旬という忘年会シーズンだったことに加え、おそらく閉店が発表されたことで常連客による駆け込み需要が増えたのだろう。

 店内は古めかしい外観からは想像できないほど広く、ざっと数えてみたところ、席数は1階と2階の2フロア合わせて80卓以上、200席はあった。中2階にあたるスペースには生バンドが入り、1日2回のショーを行う。さらにホステスによるショー、そして、これも絶滅寸前のカルチャーであるチークタイムまであった。

 ちなみに、キャバレーは改正前の風営法で「設備を設けて客にダンスをさせ、かつ、客の接待をして客に飲食をさせる営業」と位置づけられていた。ホステスとのダンスタイムがあって初めて「キャバレー」を名乗れるのだ。

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