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キャバレーと日本人…銀座「白いばら」に行ったら大盛り上がりでメチャクチャ楽しかった

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 しかし、この日の大賑わいは、やはり駆け込み需要によるものだったようだ。席についたホステスに話を聞くと、「閉店発表してからは満員御礼ですけど、それ以前はさびしかったですね……」と打ち明けた。

「遅刻による罰金もないし、出勤も自由なので、働きやすい職場でした。ホステスさんもダンサーさんも店員さんも、散り散りになってしまうのがもったいないですよ」(同ホステス)

 こうした働きやすい環境だったためか、あるいは年齢が高めの客層のためなのか、見たところホステスの年齢層は20~40代と幅広い。また、出身地方のなまりが残るホステスもいた。このあたりも、キャバクラと大きく違う点だろう。

 通路を舞台に繰り広げられるレビューのようなショーは大盛り上がりで、これも懐かしい風習である、割り箸に1000円札を挟んだチップが飛び交った。しかし、この昭和感があふれる賑わいは、もう見ることはできないのだ。

 閉店の理由は「建物の老朽化」とのことだが、この昭和レトロな空間がなくなってしまうと思うと、やはりもったいなさを感じる。

大箱のキャバレー閉店後、跡地はどうなる?

 こうした大箱のキャバレーは閉店後、どのように活用されるのか。実は、キャバレーの跡地はイベントスペースやライブハウスとして使われるケースがよくある。

 00年にオープンした鶯谷の「東京キネマ倶楽部」や大阪・千日前の「味園ユニバース」も、元をたどればキャバレーだった。今ではつくり出せない独特の内装や雰囲気は、当時を知らない20代の若者にも好評だ。

 新宿・歌舞伎町の風林会館5階にあった「ニュージャパン」も、以前はイベントスペースとして貸し出されていた。現在は全面改装され、16年3月より相席ラウンジになっている。キャバレーは繁華街の一等地にあるため、イベントスペースとしての営業では利益率が悪く、改装されてしまうことも多いのだ。

 札幌にあった創業43年の「札幌クラブハイツ」は13年2月末に閉店し、その後は飲食店に改装された。このクラブハイツの閉店によって、「日本最北端のキャバレー」と呼ばれるようになったのが、山形県酒田市の「白ばら」だ。

 白ばらも15年12月で閉店してしまったが、地元の有志によって存続運動が行われ、跡地を利用して音楽イベントなどが行われていた。ところが、消防署から設備の老朽化を指摘され、修繕しないとイベント開催も不可能という事態に陥った。そこで、有志が整備費用350万円を調達するためにクラウドファンディングを立ち上げて集金に成功。飲食店として再申請し、17年末に再オープンにこぎ着けている。

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