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世歩玲(せふれ)、愛保(らぶほ)…人の名前がキラキラネーム化する理由

文=佃均/フリーライター
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世歩玲(せふれ)、愛保(らぶほ)…人の名前がキラキラネーム化する理由の画像1「Thinkstock」より

 ここ数年、何かと話題のキラキラネーム。「ドキュン」を文字って「DQN」ネームともいわれる。例えば「黄熊」と書いて「ぷう」、「今鹿」と書いて「なうしか」−−言われてみれば「なるほどねぇ」だが、通常の漢字の読みではありえない奇抜な読み方だ。

「翔馬(ぺがさす)」「騎士(ないと)」「七音(どれみ)」も同様だが、「火星(じゅぴたー)」「桜(ぴーち)」となると、付けられた当の子どもにとっては、ちょっと恥ずかしいかもしれない。ちなみに英語で火星はMars(マース)、桜はCherry(チェリー)だ。性的なマイナスイメージと結びつく「妃仁(ひにん)」「泡姫(ありえる)」「世歩玲(せふれ)」「愛保(らぶほ)」という名前まであるようだ。

「龍飛伊」と書いて「るふぃ」と読むことはまずないし、「楽気(らっきー)」「主人公(ひーろー)」「光宙(ぴかちゅう)」となるとほとんどシャレか判じ物の世界。読み方がわからなかったり違う読み方をされると、本人かどうかが同定できない。すると治療や手術ができなくなる、あるいは大規模災害の避難所で適正な行政サービスが受けられないかもしれない……というのはまったくのデマだが、行政機関にとって“難物”であることは否定できない。

 そんなこともあってか、政府のIT戦略本部のなかに、氏名の読み方をデータベース化して一定の枠を設定し、公的個人認証システムと連動させたらどうかという意見があるという。現時点では“思いつき”の段階で、仮に俎上に上がっても議論が始まるのは4月以後だ。

戸籍に「ふりがな」の記載はない

 ずっと以前、「○子」(まる子/れい子)という名前で出生届が提出され、有効か否かの議論があった。結論は「否」で、「○」は常用漢字でも人名用漢字でもない、というのが理由だった。常用漢字2136、人名用漢字863のなかで「まる子」にしたければ「丸子」、漢字の「〇」に最も近い意味の「れい子」なら「零子」が常識的なところだろう。

 もう一つ思い出すのは、1994年1月に話題となった「悪魔ちゃん命名騒動」だ。1993年8月、東京都昭島市に「悪魔」と命名された男児の出生届が提出され、市は「児童の福祉を害する可能性がある」を理由として不受理とした。命名権と手続きの正当性をめぐって裁判となったが、同年5月、父親が類似した音の名前で再々提出した届出が受理されて、抗告審は未決終了となった。

 名前に使う漢字には常用漢字、人名用漢字の制約があり、許容されているからといってその意味が社会通念や当該児童の幸福を害すると判断される場合は行政側が受理しない。ところが苗字(姓)を含め、名前の読み方にはなんの規制もない。

 漢字の読み方は決まっているのではないか、という疑問もわく。音・訓・送り仮名が決まっているからこそ、国語のテストで○×が付く。正解を決めているのは文部科学省の国語審議会だが、日本人が日本人であることを裏付ける戸籍に「振り仮名」は記載されていない。つまり地名、人名は「いいならわし」にすぎず、法制度上の“穴”と言っていいだろう。

 もし当人が「山田●郎」と書いて、まったく想像できない読み仮名を主張しても、行政機関はそれを否定する根拠はない。だからこそ、キラキラネームが可能になっているのだ。

約6万の漢字にコードを付けた

 昨年12月、政府のIT戦略本部が取り組んできた「MJ縮退マップ」の作成作業が完成し、国際標準に認定された。これにより、日本で使われている誤字や異体字を含む5万8861文字がコンピュータで処理できるようになるとされる。「辶:J14-796A」「邉:E0118」「邊:E010B」といった具合だ。常用漢字の「学」は、「學」「斈」と書くことがある。相手が了解すれば民間では「学」に一本化して構わないが、これが公文書となるとそうはいかない。

 手書きの時代が長かったので、申請のとき筆の勢いで点や棒を多く書いたり、本来は2文字だったのを1つの文字と勘違いする、転写したときに間違う等々で誤字、異体字がどんどん増えていく。「行政に間違いはない」という建前を貫くためには、誤字とわかっていても紙台帳の通り正確に表記しなければならない。

「MJ縮退マップ」作成が始まったきっかけは、2001年度にスタートした住民基本台帳ネットワークシステムだ。複数の市町村で住民データをやり取りすると、JIS化されていない漢字(外字)が別の文字に化けたりゲタ型マーク(〓)になってしまう。そこで政府は全国の市町村の協力を得て、戸籍簿や住民基本台帳、土地台帳に使われている漢字を調べ、一文字ずつ突き合わせる「血の滲むような作業」(実務担当者)を重ねてきた。

「MJ縮退マップ」がコンピュータに実装されると、まず公文書における文字化け等が解消する。外字をつくる作業と費用が節約できるばかりでなく、窓口の職員が「MJ縮退マップ」を参照して申請書類上の誤字や異体字を修正することができるようになる。民間企業が役所に提出する書類でも文字化け等がなくなるので、行政の電子化に弾みがつく。

デジタル・ネイティブ世代が親になる

 ここで考えてしまうのは、「名前は誰のものか」ということだ。筆者のような昭和世代には、「親からもらったものだからたいせつにしなさい」と教えられて育ち、社会人として「自分の名前に責任を持て」と自身に言い聞かせてきた人が多かろう。だが「誰のものか」と真正面から思いを巡らしたことはなかった。キラキラネームも当人にとっては、唯一無二のアイデンティティだし、少なくとも行政(または国)に管理される筋合いはない。その意味で、答えは「自分のもの」であるに違いない。「親からもらった」とはいえ、当人がその表記やヨミに納得できないこともあるだろう。

 本題に戻ると、キラキラネームは法律的にまったく問題はないし、1996年以後に生まれたデジタル・ネイティブ世代の多くが「人の子の親」になる頃、日本の社会は現在よりもっと国際化が進んで、名前の表記は音(平仮名、カタカナ、アルファベット)、つまり“音名(おとな)”が中心になっているかもしれない。「是留舵(ぜるだ)」も「紗音瑠(しゃねる)」も、「音音(のんのん)」も「碧(あくあまりん)」も、世界に通用する音と考えればいい。

 見方を変えると21世紀のこれからは、漢字表記より「読み」のほうが、より強い「個人のアイデンティティ」になるかもしれない。行政は読み方に“常識”の枠をはめるより、一定の判断能力を備える年齢になったら自己責任で読みを設定できたり、改名の条件緩和を検討してはどうだろう。行政の手続きや管理はどうせ記号と数字(マイナンバー)で行われるのだから。
(文=佃均/フリーライター)

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