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朝日新聞や見城徹氏も…有力者による名誉毀損裁判が相次ぐ理由 スラップ訴訟めぐる議論呼ぶ

文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者
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朝日新聞や見城徹氏も…有力者による名誉毀損裁判が相次ぐ理由 スラップ訴訟めぐる議論呼ぶの画像1幻冬舎の見城徹社長(Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 政治家やメディア企業が、自分たちに向けられた批判言論に対して裁判で対抗するケースが増えている。昨年の12月だけでも、少なくとも3件の提訴が話題になった。松井一郎・大阪府知事、橋下徹・元大阪府知事、朝日新聞社である。

 まず、6日に松井知事が米山隆一・新潟県知事に対して、ツイッターで名誉を毀損されたとして550万円を請求する裁判を起こした。15日には、橋下氏がインターネットメディア・IWJの代表・岩上安身氏に対して、やはり名誉毀損裁判を起こした。訴因は、ツイッターに投稿されていた橋下氏に関する第3者のツィートを、岩上氏がリツィートしたことだった。請求額は100万円である。

 そして25日に朝日新聞社は、単行本『徹底検証「森友・加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』で名誉を毀損されたとして、著者の小川榮太郎氏と版元の飛鳥新社に対して5000万円を請求する名誉毀損裁判を起こした。

 さらに今年1月には幻冬舎の見城徹社長が、経済誌「ZAITEN」を発行する財界展望社に対して、特集記事で名誉やプライバシーを毀損されたとして、1000万円の支払いなどを請求する裁判を起こした。請求額はその後、500万円に減額された。

 こうした大きな発言権を有する個人、法人による訴訟の提起に対しては「スラップ的な訴訟ではないか」「訴権の濫用」との指摘もあるが、当然ながら訴権は広く国民に認められた権利であり、議論を呼んでいる。弁護士法人ALG&Associates弁護士の執行役員・弁護士山岸純氏は、次のように解説する。

「最近、発言力がある方々の名誉毀損関連の訴訟が増えていますが、これは、これまでの伝統的な弁護士スタイル・セオリーである、(1)内容証明郵便で要求を伝える、(2)交渉を開始する、(3)訴訟を提起するという流れが、『最初から訴訟を提起する。その後の解決は、裁判所のなかで考えて決める(裁判官の顔色を伺いながら“落としどころ”を考える)』という作戦が増えているということです」

抽象的な判断基準

 見城氏が起こした裁判の訴因は、「ZAITEN」(1月号)の特集『安倍をたらし込む「新型政商」の正体、幻冬舎 見城徹 この顔に気をつけろ!』内で掲載された4本の記事である。見城氏のこれまでの軌跡、テレビ朝日の早河洋会長との関係、幻冬舎のビジネス、見城氏の自宅に関する情報などを記述したもので、総20ページになる。

 訴状によると、訴因となった同誌の記述は、特集タイトルとそれに続くリードも含めて19カ所になる。また、「火事場泥棒」「人質・人脈商法」など17の表現も名誉毀損的な表現としている。

 裁判では、「一般読者の普通の注意と読み方」(最高裁昭和31年7月20日判決)をした時、これらの記述や表現が名誉を毀損しているか、あるいはプライバシーを侵害していないかが争われる。「一般読者の普通の注意と読み方」という抽象的な判断基準であるから、当然、評価の幅は広くなる。裁判官によって判断が異なる。そのために当事者にとっては、不当と感じる判決が下されることも少なくない。

 なお、見城氏側が名誉毀損的な表現として指摘した記述には、第三者のコメントが引用されているものが多い。その大半が匿名だが、コメントを寄せた人々が法廷でコメントの真意を証言するかどうかが、裁判のひとつの鍵になりそうだ。筆者は念のために幻冬舎に取材を申し入れたが、係争中を理由に応じてもらえなかった。

 一方、ZAITENの編集部は、次のように話している。

「小誌ZAITENのウェブサイト等でも主張している通り、見城徹氏は有力出版社・幻冬舎の代表であるだけでなく、テレビ朝日の放送番組審議会委員長の職責にもある人物です。言い換えれば、公共の電波を使って経営されている放送局の第三者機関の首席という非常に公共性の高い重責を担っているわけで、小誌としては『公人』というべき存在であると考えています。問題になっている特集記事も、その点を鑑みて、見城氏の公人としての資質を問うたものです。にもかかわらず、司法の場での解決を求めるというのは、公人、そして言論人としての振る舞いとして、疑問を感じざるを得ません」

スラップをめぐる裁判

 名誉毀損裁判の提起が増えているなかで、多くのメディア関係者や法曹関係者が訴権の濫用、あるいはスラップという視点を考慮するようになった。しかし、訴権の濫用が認定されたケースは、武富士事件など過去に3件しかないが、訴権の濫用の認定を求める裁判はしばしば起こされてきた。提訴に至らないまでも、裁判のなかで被告がスラップを主張するケースも増えている。実際に訴訟になった例としては、澤藤統一郎弁護士が、DHCの吉田嘉明会長を相手に起こしている裁判がある。

 この裁判の発端は、2014年、渡辺喜美衆議院議員(当時)がDHCの吉田会長から8億円を借りていながら、その一部を返済しなかったために、吉田会長が「週刊新潮」(新潮社)に手記を掲載させ、両者の険悪な関係がメディアで公になった事件である。この件について当時、メディアや個人のブログなどで、さまざまな論評が行われ、その大半は吉田会長に批判的なものだった。これに対して吉田会長は、ほぼ同時に10件の名誉毀損裁判を提起した。澤藤弁護士も、ブログでの記述を理由に訴えられた1人だった。

 しかし、澤藤弁護士のケースにはある特徴があった。初めは請求額が2000万円だったものが、その後、6000万円まで増額されたことである。原因は、提訴後も澤藤弁護士が自分のブログで吉田批判を展開したことである。判決(東京地裁)は、15年9月2日に下され、吉田氏側の敗訴だった。高裁でも、最高裁でも吉田氏の訴えは棄却された。

 澤藤弁護士は勝訴判決の確定を受けて、吉田氏の起こした裁判はスラップに該当するとして、600万円の損害賠償請求を内容証明郵便の送付という形式で行った。吉田氏は請求を拒否。そして17年9月、澤藤弁護士に対して自分には600万円の賠償責任がないことの確認を求める裁判を起こしたのである。法律用語でいえば、「債務不存在確認」請求事件である。そこで澤藤弁護士は、「反訴」というかたちで吉田氏の側に660万円の支払いを求める裁判を起こしたのだ。スラップを認定させるための裁判である。

 日本には米国とは異なりスラップ禁止法がない。あくまでも訴権を優先する傾向がある。しかも、日本の名誉毀損裁判では真実性の立証責任は被告が負う。これは米国の逆である。こうした事情があるため、今後、名誉毀損裁判の提起に歯止めがかからなくなれば、自由闊達な言論活動が妨げられる懸念もある。早急に対策を考えなければならない問題である。
(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)

黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者

黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者

1958年、兵庫県生まれ。ジャーナリスト。ウェブサイト「メディア黒書」の主宰。1992年、「説教ゲーム(改題「バイクに乗ったコロンブス」)」でノンフィクション朝日ジャーナル大賞「旅・異文化」テーマ賞を受賞。1998年、「ある新聞奨学生の死」で週刊金曜日ルポルタージュ大賞「報告文学賞」を受賞。
主な著書に著書に、『ぼくは負けない』(民衆社)、『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室)、『新聞ジャーナリズムの「正義」を問う』、『経営の暴走』(リム出版新社)、『新聞があぶない』、『崩壊する新聞』、『新聞の危機と偽装部数』、『あぶない! あなたのそばの携帯基地局』、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々』(花伝社)、共著に『ダイオキシン汚染報道』(リム出版新社)、『鉱山の息』(金港堂)などがある。

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