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異質な銀行:スルガ銀行の危機…「かぼちゃの馬車」向け融資を独占

文=有森隆/ジャーナリスト
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 光喜の頭取(当時は頭取、その後社長と呼び方を変えた)就任を決めたのは父親の喜一郎だった。叔父にあたる岡野喜久麿を2期4年で退任させ、創立90周年、新本店落成を機にまだ40歳の光喜を頭取に抜擢、その若さに銀行の将来を託した。光喜が旧富士銀行で武者修行した理由は「オヤジが三井銀行に行ったから、私は財閥色の薄い富士にした」。20年ぶりに営業組織をいじった時にも、「オヤジには相談しなかった」と言った。オヤジ、オヤジを連発するのは、それだけオヤジの存在が大きかったということだ。

 スルガ銀行には「ゲタの鼻緒をすげかえる」という教えが連綿と引き継がれている。「ゲタの鼻緒が切れて困っている人がいたら、すぐ鼻緒を差し出せるように、ふところにしまっておけ」というものだ。ゲタを履く人もいなくなり、鼻緒の必要性もなくなったが、光喜は「銀行の経営はかくあるべし」と子供の頃から、ずっと聞かされて育った。

金融のコンシェルジュ

 光喜は1945年2月、沼津市で生まれた。光喜も父親譲りのフランス好きだ。ナポレオン皇帝即位200周年記念コインの販売が商売として成り立ったからだが、スルガ銀行を「コンシェルジュバンク」と名付けた裏には別の狙いがあるといわれた。コンシェルジュの語源は、鍵の管理人。高級ホテルで、有名なオーナーシェフのレストランの予約や劇場のプラチナチケットなどの手配をしてくれる専門職を意味するフランス語。銀行を訪れる人には、娘の結婚や子供の入学、マイホームの建設など、家庭内の様々なイベントがある。金融のプロである社員(行員ではない)が“金融のコンシェルジュ”として顧客のライフプランに合わせた商品やサービスを親身になって提供する。そんなコンセプトらしい。

 だが、コンシェルジュという洒落た言葉をちりばめているのは、日本の銀行の中で唯一、生き残った(といっていい)同族経営をカモフラージュする狙いがあるからだ、と有力地銀の頭取は辛辣だ。ガバナンスの仕組みに世襲制を残していることと、銀行は社会の公器という、光喜の発言に乖離はないのか、と言いたいのだ。雅子皇太子妃に保養所を提供したり、メガバンクより先に「手のひら静脈」で本人確認をして、預金の不正引き出しを防ぐ普通預金「バイオセキュリティ預金」を取り扱ったり、何かと話題になるが、常に、話題先行である点が気がかりである。

 静岡県は典型的なオーバーバンキング地区である。静岡銀行、スルガ銀行、清水銀行、静岡中央銀行と4行もある。中部銀行(本店静岡市)は経営破綻し消滅したが、それでもまだ多い。スルガ銀行・岡野一族はどこへ向かうのか。

 スルガ銀行は創業以来、最大の危機に立たされている、といっても過言ではない。
(文=有森隆/ジャーナリスト、文中敬称略)

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