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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

都心部の総合病院、経営危機が深刻化…臓器別の外科医、食えない時代へ

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

地方でも「選択と集中」

 では、なぜ相双地域の病院は収益が上がるのだろうか。それは、相双地区は医師不足のため、1人当たりの患者受持数が多いからだ。今年1月、南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師(写真1)が、同じく南相馬市内の民間病院である大町病院に移籍した。

 彼が大町病院に赴任したのは、南相馬市立総合病院の後輩の内科医で、昨年9月に大町病院に出向した山本佳奈医師をサポートするためだ。山本医師は常勤内科医が退職し、誰も内科医がいなくなった大町病院の惨状を見かねて、自ら出向することを立候補した。ところが、その仕事は彼女ひとりでカバーできるボリュームではなかった。彼女を助けたのが尾崎医師だ。

 尾崎医師は東大医学部を卒業し、「外科」専門医資格を有する人物だ。相双地区の地域医療に従事しながら、46報の英文論文を発表している。将来の日本の医学界を担う逸材だ。ところが、大町病院での尾崎医師の肩書きは「内科医」だ。

 彼が「内科医」を名乗った、あるいは名乗らざるを得なかった理由には、大町病院に外科医を派遣している大学医局との関係がある。必ずしも、尾崎医師自ら「内科医」と名乗ることを希望したわけではない。私も浜通りの医療を目の当たりにして、被災地の医療は綺麗事だけではすまないことを実感する。ご興味のある方は、『選択』(3月号)のこちらの記事をお読み頂きたい。大町病院が取り上げられている。一読し、私も衝撃を受けた。ただ、経緯はどうであれ、結果的に尾崎医師の経験は、今後の地方病院の外科医の在り方を考える上で示唆に富む。

 彼は15名程度の入院患者と週8コマの外来を担当する。さまざまな疾病を有する患者を、自分の判断で治療している。もちろん、外科のスキルを有すため、外科的処置は対応できる。彼は大町病院で働くことで、外科以外の多くの臨床経験を積むことができる。将来リーダーになることを嘱望されている医師には貴重な経験だ。

 尾崎医師は、今年半ばにはいわき市内の病院に移籍し、本来の専門である乳腺外科に従事する。人口34万人のいわき市内には、乳腺外科の専門医は1人しかいない。尾崎医師にとって、いわき市は多くの臨床経験を積める理想的な環境だ。仕事を求めて、移籍するのは合理的だ。

 話を大町病院に戻そう。大町病院のような地方病院が外科を維持するのは容易ではない。外科は病棟以外に手術室を維持しなければならない。人件費・固定費が高い。ところが、患者は多くない。特にがんなどの待機手術だ。その理由は、患者がハイレベルの専門病院を選ぶからだ。冒頭にご紹介したように、都心部の病院は生き残るために、「選択と集中」を進めている。東北地方も例外ではない。

 たとえば、仙台厚生病院だ。目黒泰一郎理事長のもと、徹底した「選択と集中」を掲げてきた。循環器・消化器・呼吸器では全国屈指の病院に成長した。胃がんの内視鏡手術は236件(2016年度)で、東北地方で1位、全国10位だ。

 相双地区は歴史的に仙台との交流が深い。南相馬市立総合病院の藤岡将医師(消化器科)は「がんと診断された患者の多くが仙台厚生病院を希望します」という。この結果、同院で手術を受けるのは、仙台厚生病院がやっていない診療科や、緊急対応が必要になる患者だ。症例数も少ない。大町病院の手術数は週に1~2件という。これでは、どうしてもコスト高になる。地元の病院経営者は「外科は赤字を垂れ流す。このままでは維持できない」という。この地域で外科を維持するためには、赤字を補助金で穴埋めできる公立病院で、救急医療と一緒にやるしかない。

変わる外科医の在り方

 今後、ますます外科手術は集約化されるだろう。相双地区のような都市近郊の地方都市でがんと診断されれば、専門病院を受診するようになるだろう。この結果、がんを扱う病院の数は減少する。

 これは外科を志す若者、特に臓器別の従来型の外科医を志望する若者にとっては、就職が難しくなることを意味する。大学や専門病院で先端技術を学んでも、専門施設には就職できないし、多くの民間病院は外科専門医を抱える余裕がない。雇用できるとすれば公立病院だろうが、彼らが期待するのは救急医療と外科の一般診療だ。肺がんの名医として有名な土屋了介・前神奈川県立病院機構理事長は「肺や大腸などを専門とする従来型の臓器別外科医の時代は終わった。地域のニーズを汲み取り、変化できる外科医だけが生き残れる」という。その典型が尾崎医師だ。彼は乳がんという専門性と、何でも屋の内科医の役割を担っている。まさに地域のニーズに応える「総合医」だ。

 高齢化、財政難が進むわが国で、医療の在り方は変わる。従来型の外科医のニーズは激減している。外科を志す若手医師は変わらねばならない。社会のニーズを捉え、適応することだ。狭い専門領域に閉じこもることなく、自分の頭で考えるしかない。尾崎医師は、その格好の事例である。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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