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経済で新しい時代を拓く――株式取引所設立に尽力した男たち(2)田中平八編

江戸時代にFX業者が存在した?破天荒な天才商売人の素顔

文=編集部
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 第1回の渋沢栄一編でも説明した通り、1878年に東京株式取引所が設立されるが、その大きな原動力となったのは、渋沢のもとに「公債の取引所をつくりたい」と相談に来た今村清之助だった。

 今村は横浜の両替商たちを従える商売人だったが、「実は糸平と深い関係にあったのでは」といわれている。糸平自身、東京株式取引所設立にあたり創立証書の10番目に直筆で署名している。また、持ち株でいえば3位という大株主である。設立に向けて具体的に果たした役割については記録に残っていないが、こうした事実から、大きな影響を及ぼしたのではないかと推測できる。

『証券市場誕生!』編纂者の1人である石田氏は、糸平について「非常に興味深い人物」とコメントしており、本書の中では「明治7(1874)年にいったん施行された株式取引条例が多くの仲買人候補者から失望された後に、渋沢栄一の手によって修正され、実務として取引が機能していく過程では、銀行家や事業家だけの思惑ではなく、彼ら仲買人の利益や実務が尊重されなければなりませんでした。そうした仲買人と、事業家や銀行家、政府らとの調整ができて、かつ取引所の実務がわかる人間は、人材多しといえど、糸平以外にはいなかったのではないでしょうか」(p.96より引用)とつづられている。

 糸平について記載されている資料は、実は少ない。あまり表立つような人物ではなかったのだろう。しかし、その一方で、彼の足跡を見るときわめて先進的なビジネスを展開していたこともわかる。経済人「田中平八」を追いかけていくと、底知れぬ危険な魅力に気付くはずだ。

 第3回となる次回は、「鉄道王」と称された明治の実業家・今村清之助の生涯を追う。彼も東京株式取引所の設立に一役買っているが、前述のように田中平八との「深いつながり」が大きなカギになる。いったい、どのような人物なのだろうか。
(文=編集部)

※本記事はPR記事です。

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