「当時、乗務員で入社したら、97年に私が就任したチーフパーサー(現チーフキャビンアテンダント)がほとんどの乗務員のゴールでした。その後、私が歩んだような地上職に移って間接部門の部長になったり、役員になるという将来は、まず考えられませんでした」

 JALは2010年1月に経営が破綻。その翌月、大川氏は執行役員(客室本部長)に抜擢されたが、ここから修羅場が訪れた。

 JALを復活させるためにはリストラを進め、あらゆる制度を見直す必要があった。当然、社員にはつらい思いをさせることになるが、銀行に借金を棒引きしてもらい、株主が保有する株券が紙切れになった。社外の多くの人に迷惑をかけた手前、役員として毅然とした態度で改革を推進しなければならなかった。その一方で、CAの接客サービスの技術を磨いて顧客離れを一定程度、食い止めた。

 逆風に立ち向ったことで大川氏はリーダーとしての素質に磨きがかかったようだ。13年6月、女性初の取締役に選任された。マネジメント能力でも定評がある大川氏を経営陣の一角に加えることで、JALは反転攻勢に出る考えだった。大川氏は新生JALのシンボルであった。

 退任が正式に発表される前、大川氏は成田空港で米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに入団する大谷翔平選手を見送った。

「米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平選手(23)の記者会見が1日、キャンプで米国に出発する前に成田空港で行われ、約100人の報道陣の他、居合わせた乗客ら約200人に公開される異例の形式となった。

 大谷選手とサポート契約を結んだ日本航空の広報部が『一般のお客さまも応援している。こちらから(大谷選手に)お願いした』という経緯で実現した。出発カウンター内に会見用のステージを特設した。ここまで大々的に行うのはJAL初という。大川順子専務執行役員(63)は『憧れの漫画の世界でしか存在しないようなスーパースター。メジャーでも活躍してもらいたい』とエールを送った」(2月1日付共同通信より)

 男社会の航空会社の中で“ガラスの天井”を突き破ってきた大川氏が、取締役を退任する。

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