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松本典久「山手線各駅停車」

変貌遂げる原宿駅の秘密…●●は首都圏1位、「100年の美」は残されるのか?

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山手線原宿駅

 明治神宮、表参道、代々木公園などへの玄関口となる山手線原宿駅。管轄するJR東日本による2016年度統計では、原宿駅の一日平均乗車人員は7万6,084人。JR東日本管内では59位となるレベルだが、利用者の乗車券を調べてみると突出した傾向がある。じつは定期外の利用者が7割近くあり、その比率は首都圏第1位。ちなみに定期券外利用者の比率が高いのは舞浜駅、鎌倉駅と続き、その性格が見えてくる。

 現在、この原宿駅では2020年の東京オリンピックに向けて大規模な駅改良工事が行われている。当駅至近の国立代々木競技場がバドミントンやハンドボールなどの会場として使われることになり、それによる利用者増対応やバリアフリー化をめざすものだ。建築主となるJR東日本によると、

(1)年始のみ使用している臨時ホームを外回り専用ホームにする。
(2)線路およびホーム上に2層の駅舎を新築、コンコース・改札口・トイレを拡張して混雑緩和を図るほか、エレベーターも増設する。
(3)明治神宮側に新たに出入り口を設置する。
(4)新設する外回り専用ホームは竹下口改札にも接続する。

というもので、計画のイメージ図なども公表されている。実はこの工事によって既存の原宿駅駅舎がどうなるのか現段階でも明瞭には示されておらず、多くの波紋を広げている。

 一般の利用者にとっては通過点のひとつでしかない原宿駅だが、表参道口に立つ駅舎はクラシカルな様相で、ランドマークとしての馴染みは深い。いったい、どんな歴史を持つ駅なのだろうか。

駅開業当時、周辺は田園地帯だった


 原宿駅が開業したのは1906(明治39)年10月30日のことで、日本鉄道という私鉄によって開設された。当時、環状となる山手線は完成しておらず、品川~赤羽間を結ぶ「品川線」の駅という位置付けだった。ちなみに品川線は1885(明治18)年に開通しており、それから20年以上遅れて追加設置されたことになる。

 この時代、明治神宮や代々木公園は設置前で、周辺は茶畑などの広がる田園地帯となっていた。ちなみに文部省唱歌『春の小川』も近隣の情景をモデルに作詞されたといわれている。1909(明治42)年には代々木公園を中心に陸軍の代々木練兵場も開設されており、その便を図るものでもあったようだ。

 日本鉄道は原宿駅開業の翌日、国有化され、ほどなく路線名も「山手線」と改称された。また、1909(明治42)年には山手線が電化され、電車運転も始まった。日本では1895(明治28)年の京都を皮切りに各地で路面電車の運転が始まっていたが、一般の鉄道での電車運転は1904(明治37)年に甲武鉄道(中央線の前身)により新宿界隈で始まったばかり。山手線は時代の最先端を行く鉄道だったのである。

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