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江川紹子の「事件ウオッチ」第103回

【柳瀬氏参考人招致】地に堕ちた公務員倫理――それでも支持率が下がらないのはなぜなのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
【柳瀬氏参考人招致】地に堕ちた公務員倫理――それでも支持率が下がらないのはなぜなのかの画像1柳瀬唯夫元首相秘書官(写真:AFP/アフロ)

「ゆるぎない信頼 誇れる公務」

 これは、国家公務員倫理審査会が毎年募集している「国家公務員の倫理感を高める、心に響くキャッチフレーズ」の、昨年度の最優秀作品だ。

 その「信頼」は、昨年来の森友・加計問題自衛隊日報問題などで崩れ落ち、「ゆるぎない」どころか、もはや惨憺たるありさまになっている。そんななかで行われた、柳瀬唯夫・元首相秘書官の参考人招致は、信頼崩壊のだめ押しとなってしまったのではないか。

都合の悪いことは国民から隠す安倍政権

 参考人招致の前、柳瀬氏は「誠実にしっかりと国会で話したい」と述べていた。確かに彼は、ボスである安倍晋三首相に対しては「誠実に」、というより「忠実に」ふるまった。一方で、国民全体に対しては、極めて不誠実な態度に終始したと言わざるをえない。

 それを象徴するのが、2015年に3度にわたって行われた加計学園関係者との面会は認めながらも、それについて一度も「総理に報告したことはない」と言い切ったことだ。

 常識では、ありえない。

 何人もの首相秘書官経験者を含めた元公務員たち、あるいは政治畑のジャーナリストらも「ありえない」と断じた。何かと安倍政権を擁護するコメントをしてきた解説者までもが、「私でさえおかしいと思う」と述べて、スタジオの失笑を買ったほどだ。

 どんなに荒唐無稽な言い分でも、首相に報告した証拠がなければ虚偽答弁の証明はできないだろうと高をくくっているとしか思えない。

 不誠実さを象徴するもうひとつのやりとりは、前回の参考人招致の際には「記憶にない」を繰り返した理由を聞かれた場面であった。彼は、前回の招致の時点で「加計学園関係者と会った記憶はあった」という。それなのに語らなかった理由を問われ、こう述べた。

「これまで、個々のご質問に対し、一つひとつ答えて参りました。しかしながら、私が質問にあったことだけをお答えした結果、全体像が見えなくなって、国民の方にもわかりづらくなり、国会審議にも大変ご迷惑を掛けして、大変申し訳ありませんでした」

 聞かれなかったから言わなかった。こういう開き直りを、慇懃無礼な言い回しで淡々と、よどみなく述べる彼の表情からは、なんの感情も読み取れなかった。Q&Aの予定稿を頭に叩き込み、それをアウトプットしてみせた、という体であった。

 前回の招致の際にも、問題になっていたのは、国家戦略特区制度を利用した獣医学部新設をめぐり、安倍首相の親友が経営する加計学園を優遇する不公平な取り扱いがあったのではないか、という疑惑だ。今治市職員との面会についての質問は、その疑惑解明のために行われたことは言うまでもない。それなのに、肝心の加計学園との面談を伏せたという彼の態度からは、動かぬ証拠を突きつけられるまで、不都合なことは隠しておく、という強い意思が読み取れる。

 うやむやのまま済ませようとしたのに、愛媛県が作成した面会時の記録に「首相案件」との発言が記載されていることから、首相を守る防波堤として、再び駆り出されたのだろう。安倍首相は、加計学園の獣医学部新設の計画を知ったのは「2017年1月」と国会答弁しており、柳瀬氏は2015年4月の面談は首相の耳に入らなかったと断言して、面談と首相を遮断する役割を託されたといえる。

 彼の答弁を「嘘」と喝破したのが、中村時広・愛媛県知事だ。同県職員の記録や名刺という物証に支えられた中村知事の主張と、「記憶」だけの柳瀬氏の言い分のどちらに信用性があるかは明らかだろう。

 証人喚問であれば、偽証罪の制裁があるため、虚偽を述べるハードルは高くなったが、それは与党が頑として応じなかった。野党は中村知事の参考人招致を求めたが、それも与党の反対で実現しない。政府、与党を挙げて、安倍首相を守るために、国民が求める真相解明を犠牲にしていると言わざるをえない。

 都合の悪いことは伏せ、動かぬ証拠を突きつけられても、あれこれと詭弁を弄して切り抜けようとする態度も、柳瀬氏個人の資質の問題というより、安倍政権そのものの負の側面を象徴しているように思える。

 これまで安倍首相に対しては、好意的なコメントが目立っていた橋本五郎・読売新聞特別編集委員ですら、安倍政権が国民の不信を呼んでいる理由について、こう書いている。

「まず指摘できるのは、『えこひいき』があったのではないかと思われていることである」

「第二は、『嘘をついているのではないか』と思われていることである。さまざまな記録が残っているにもかかわらず会った記憶はないという。文書は廃棄したといいながら、見つかるとつじつまあわせの答弁をする。親友の悲願であるのに一度も獣医学部の話はしなかったという。(中略)もっとも問われているのは『正直さ』なのではないだろうか」(5月12日付読売新聞)

 加計問題だけではない。森友学園をめぐる問題では、文書が隠され、官僚が虚偽の答弁を行い、そのうえ安倍首相や理財局長らの答弁に合わせるようなかたちで文書の改ざんまで行われていた。そのために、失われた命もあった。

 ほかにも、防衛省の日報隠し、厚労省のデータ隠しなど、どれをとっても、政権が吹っ飛んでもおかしくないような問題が次々に起きている。そこに通底するのは、都合の悪いことは国民から隠しておくという、不正直で不誠実な態度だ。そのうえ、前財務次官のセクハラ問題での麻生財務相の不適切な言動もある。

 ここまで不正直で不誠実な対応を続ける政権が、かつてあっただろうか。

本当に「ほかに適当な人がいない」のか

 それでも、内閣支持率は底堅い。従来の政権であれば、吹っ飛んでおかしくないような問題がいくつも起き、支持率が急落したとはいえ、各社の世論調査では3割前後の支持は揺るがない。最新の共同通信の世論調査では、柳瀬氏の答弁に「納得できない」が77.5%に達したが、それでも内閣支持率は38.8%で、前回よりむしろ微増している。支持の理由は「ほかに適当な人がいない」42.0%が、「経済政策に期待できる」16.5%、「外交に期待できる」16.1%を大きく上回る。そうした理由から、政府の不正直、不誠実に、日本の3分の1以上の国民が、寛容な態度を示していることになる。

 しかし、国民に対して不正直ということは、本来、民主政治にとって致命的な欠陥のはずである。

 第37代アメリカ大統領のリチャード・ニクソン氏といえば、ウォーターゲート事件が思い浮かぶが、この疑惑が持ち上がるまでの彼は、泥沼状態のベトナム戦争から米軍の撤退を実現させて和平調停に調印し、ソ連とのデタント(緊張緩和)を進め、中華人民共和国を訪問して国交樹立の道筋をつけるなど、外交で赫々たる成果をいくつも上げた。支持率も高かった。

 その彼が辞任に追い込まれたのは、民主党本部に侵入して盗聴器を仕掛けたウォーターゲート事件本体への関与が明らかにされたからではない。事件をもみ消す工作に関与したことについて、虚偽を述べ続け、資料を隠し、提出した資料にも改ざんを加えるなど、真相解明を妨害する不誠実な態度を重ねたことが、国民の強い反発を招き、彼自身を追い詰めたのだ。

 実際には、侵入事件でニクソン大統領再選委員会の関係者が逮捕されて6日後には、大統領はもみ消し工作を承認していた。しかし、ホワイトハウスはそれを隠し、「一切関わっていない」と虚偽を述べ続けた。特別検察官と上院特別特別委員会が、大統領執務室内の会話が録音されているテープの提出を求めたが、大統領は拒否し、特別検察官を解任。それに対する国民の反発が強まって、何もしないわけにはいかなくなり、一部のテープ起こしを提出したが、そこには多くの削除がなされていた。

 世論の批判の高まりに抗しきれず、テープを何本か提出したが、一部は消去するなど、やはり改ざんの痕跡があった。それについてホワイトハウスは、大統領の秘書が誤って消去したなどと苦しい弁明をしたが、批判はさらに高まった。最終的には最高裁の判断で裁判所が求めるテープすべてを引き渡すことになり、それが命取りとなった。

 疑惑が報じられた初期の段階で、ニクソン大統領自身がもみ消し工作への関与を率直に認め、国民に謝罪していれば、それまでの功績を評価する者たちから擁護の声が上がっただろうし、辞任にまで追い込まれなかったかもしれない。

 クリントン大統領が弾劾裁判にかけられ、批判を受けたのも、研修生との「不適切な関係」について、裁判で虚偽の証言をし、国民に対しても嘘をついたからだった。結局彼は事実を認め、テレビ演説で国民に謝罪している。

 ただ、アメリカでも、トランプ大統領になってから、状況はずいぶんと変わったようである。トランプ大統領とロシアとの関係をめぐる疑惑でも、大統領の側近らが、連邦捜査局(FBI)に偽証したことが明らかになったが、トランプ大統領自身はむしろFBIを攻撃。コミー長官は、ロシア疑惑の捜査途中で解任された。司法妨害ではないかとの批判は、大統領支持者には響かないようだ。

 コミー氏は、出演したテレビ番組のロングインタビューに応じ、トランプ大統領について、こう語った。

「大統領は、この国の根幹にある価値観に忠実でなければならない。最も重要な価値は真実だ。この大統領にはそれができない。道徳的に、大統領として不適格だと思う」

 トランプ大統領は、指摘された問題点に答えるのではなく、ツイッターで「歴史上で最低最悪のFBI長官」などとコミー氏を罵倒。同氏の回想録は、発売から1週間で60万部が売れるベストセラーとなっているが、トランプ大統領は再びツイッターで「無力で不正直な、嫌なやつ」と非難し、反撃している。

 トランプ大統領の嘘をメディアがいくら報じても、大統領は国民に対して誠実に説明しようとせず、メディアの側を「フェイクニュース」と言い放って終わりにしてしまう。

 そんなトランプ氏の支持率は、高くはないが底堅く、北朝鮮の金正恩労働党委員長との会談への期待もあって、じわじわと上がっている。

 ほかに適当な人がいないといった消去法や、この人なら自分の生活がよくなるかもしれない、とか外交で成果を上げそうだなどの期待から、真実への謙虚さや国民に対する誠実さが置き去りにされても大目に見るという風潮は、国や社会をどのように変えていくのだろうか。アメリカも、そして日本も--。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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