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片山修「ずだぶくろ経営論」

海外から依頼殺到、絶対に断らない中小企業・三ツ矢…大企業顔負けの先進的経営の秘密

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「海外工場を設けるには、最低でも4~5億円が必要といわれていますが、投資に見合うリターンがなかなか期待できないんですね。その点、国内の仕事は難しいものが残っているものの、むしろ、そこにこそチャンスがあると考え、もっぱら国内でチャレンジしてきました」(草間氏)

 ところが、5年前に海外展開のキッカケとなる、ある“事件”が起きた。三ツ矢の問い合わせ窓口に、「こんなめっきはできないか」というメールが海外から届いたのだ。英文だった。慌てた担当者は社長に転送するなど、大騒ぎになった。当時、海外から問い合わせや注文が入ることは、想定外だった。

 考えてみれば、経済のグローバル化、情報化は、いまや猛烈な勢いで進んでいる。したがって、高い技術をもつ企業の情報は、たとえ中小企業であろうと、一瞬で世界中に知れ渡る。事実、三ツ矢に海外企業から英語で質問をしてくるケースが増えている。加えて、国内と同様に、三ツ矢の技術を見込んで試作の依頼までくるようになっているのだ。

「英語に慌てている場合ではないので、社員の英語教育を始めました。いまでは、海外のクライアントへの英語によるメール対応は、当たり前にこなせるようになりました。米国、インドなど、少しずつ海外からの引き合いや、実際の取引も始まっているんですね」(草間氏)

 三ツ矢はホームページの英語版も製作し、海外展開に注力する体制は整えていると、草間氏はこう語る。

「日本にいながらグローバルなかかわりを始めるところまできました。夢は、グローバルの事業を、弊社の中核に育てることです。国全体がグローバルに対応する施策をしていますから、われわれもしっかりと、そこに対応していかなくてはいけません」

丁寧な人材育成制度


 中小企業にとって大きな課題の一つは、優秀な人材の獲得と維持、そして育成である。三ツ矢は、人材獲得、育成に努力を重ねている。中小企業は、大企業のようなエリート学生を採用することは難しい。その分、素直で熱心な人材を採用し、彼らが向上心をもって取り組めるよう制度を整え、一流の社員に育てあげていくことが求められる。

「1970年ごろから、大卒者の採用を始めました。現在は、毎年大卒と高卒を2人ずつくらい採用しています。うちは高度なめっき技術をもっているけれども、それを支えているのは、普通の学生だった人たちなんですよね」(草間氏)

 人材育成にあたって、三ツ矢は08年、キャリアマトリックス制度を導入した。まず、横軸には主任、係長、課長などの職責を置き、縦軸には職種の専門性で初級、中級、上級を置いて、マトリックス構造をつくる。こうすると、社員は「課長クラスで中級レベルを目指したい」など、具体的な将来像を描きやすい。草間氏は、次のように言う。

「一つひとつのマトリックスの要件を、どんな経験や知識、技術が求められるのかなど、細かい項目まですべて書き出して定めていきました。この作業が大変で、準備に3年くらいかかりましたね。制度開始後は、毎年一人ひとりと面談し、何年後にどこを目指すのか、そのためには来年どこを目指すのか、マイルストーンを定め、そのために必要な教育を受けてもらい、ステップアップできるようにしました」

 じつに丁寧な人材育成制度といっていい。このキャリアマトリックス制度は、2011年、東京都中小企業技能人材育成大賞知事賞の大賞を受賞した。

 さらに、三ツ矢は優秀な若手の獲得と同時に、技術と経験の豊かな社員が長く働ける環境の整備に取り組んでいる。創業以来めっき一筋の三ツ矢を支えてきたのは、めっき液を舐めて足りない成分を言い当てるといわれた、超ベテランの職人たちである。その技術は、めっき技術の研究が進んだ今日においても、いまだノウハウとブラックボックスの塊といわれる。

「暗黙知」を有する経験豊かな職人や技術者は、中小企業の競争力の源泉である。そこで、ベテラン技術者については、希望すれば定年後も何歳まででも働くことができるようにしているのだ。

 例えば、小澤茂男氏は今年75歳になるが、いまなお常務取締役として活躍している。彼は100分の1ミリ単位の部分めっきや加工法を開発し、規格・標準化に貢献したことなどを評価され「現代の名工」に選ばれた職人だ。
 
 ただ、三ツ矢は頭の痛い難問を抱えている。めっき工場は環境負荷が大きく、都市部では廃水処理などの環境対策が厳しいことだ。本社に併設されている工場を、山形県米沢市へ、そして都下・八王子工場を山梨県甲府市の工場へ併合しようとしたところ、多くの顧客から「それは困る」と「待った」をかけられた。

 アクセスのよい都市部に工場を構える三ツ矢は、顧客にとって相談に訪れやすい。それだけ頼りにされている存在といえる。

「ニーズがある限りは、創業の地でしっかりと環境対応をして地域と共生しながら、めっきを続けたいと思っています」(草間氏)

 創業時とは、周囲の景色がまるで変わったなか、めっき職人や技術者たちは、今日も都心の喧騒のすぐ隣で、粛々と技術を磨いている。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

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