開成、麻布、灘…なぜ名門私学に通うと人生が変わるのか? 明治維新と創立者の歴史


 武蔵の開祖は、東武鉄道のオーナーで「鉄道王」と呼ばれた根津嘉一郎(1860-1940)である。根津は幕府直轄領の甲斐国の豪商に生まれ、若い頃は自由民権運動にも携わっていた。1909年に渋沢栄一を団長とする渡米実業団に参加したとき、アメリカの実業家たちが文化活動や教育活動に多額の寄付をしているのを目の当たりにし、「社会から得た利益は社会に還元する義務がある」として武蔵をつくった。

 ただし、浅野にしても根津にしても、あくまでもスポンサーの立場に徹し、教育実務は現場の教育者に委ねていた点が共通している。

 は、灘の酒蔵がつくった学校だ。「菊正宗」の嘉納家と「白鶴」の嘉納家と「櫻正宗」の山邑家という3つの豪商が出資した。創立者とされるのが「柔道の父」と呼ばれる嘉納治五郎(1860−1938)。菊正宗の嘉納家の分家筋に当たる。かつて幕臣・勝海舟(1823-1899)が海軍操練所をつくるとき、嘉納治五郎の父のところに身を寄せていたというエピソードも残っている。大阪もまた江戸時代には幕府の直轄地であり、周囲には大きな藩がなかった。特に阪神間は商人の街として栄え、民間主導の文化の強い土地柄だった。

 嘉納治五郎は10歳のときに父に連れられて上京。学生時代に「柔術」を「柔道」として再編し、「講道館」を創設した。また31歳の若さで第五高等学校(現在の熊本大学)の校長に就任し、33歳で東京高等師範学校の校長になると、その後約四半世紀にわたってその職にあった。中等教育のプロ中のプロである。さらに1909年にはアジアで初の国際オリンピック委員会委員に就任。1940年の「幻の東京オリンピック」誘致を成功させるなど、当代きっての国際人としても知られた人物だ。その彼が、理想の学校として、灘をデザインした。

 巣鴨の創始者は文学博士・遠藤隆吉(1874-1946)だ。遠藤の父・千次郎の経歴が、開成の佐野鼎や麻布の江原素六に似ている。前橋藩の下級武士であったが幕府の直轄地であった伊豆の韮山で西洋式の砲術を学んだ。しかし前橋藩は戊辰戦争で幕府側に立ち、「負け組」になってしまう。辛酸をなめる中でもうけた子に、隆吉という名を付けた。西郷隆盛と福沢諭吉を敬愛しており、一文字ずつをとったと考えられる。

 赤貧生活にもかかわらず、千次郎は自分の武具や蔵書を売ってやりくりし、隆吉を東京帝国大学に通わせた。隆吉も一切遊ばず、勉学にいそしんだ。卒業後、東京高等師範学校(現在の筑波大学)の研究科で社会学を教えることになった。このときの上司が、前出の嘉納治五郎そのひとである。教え子には、のちの府立第一高等女学校(第一高女、現在の都立白鷗高校)校長の市川源三(1874-1940)がいる。市川はその後、第一高女の卒業生たちが興した鷗友学園の校長も務めている。

 浅野、根津、嘉納の3人と、遠藤の一番大きな違いは、資金である。遠藤は優れた学者であったがお金がなかった。そこで遠藤は、学校設立の資金を得るために、元満州鉄道総裁で当時東京市長であった後藤新平(1857-1929)を頼る。

 後藤は、自身を含め当時の財界の有力者8人を一堂に集めた。その中には浅野總一郞と根津嘉一郎と嘉納治五郎もいた。浅野、根津、嘉納そして後藤本人を含む7人が援助の約束にサインした。浅野も根津も巨額を投じて自分の学校をつくったばかりである。それでも後藤に頼まれては断れなかったのであろう。

「平民宰相」と呼ばれた原敬内閣が発足したのが1918年。藩閥政治に対するアンチテーゼとしての大正デモクラシーの気運が高まっていた時期である。今からちょうど100年ほど前、明治維新から数えれば50年ほどたった頃。それでも維新の「負け組」あるいは「非主流派」の流れを汲む面々が、私学を創設したのである。

 以上はごく一部の男子進学校のみを取り上げたが、そのほかにも私学にはそれぞれにユニークな生い立ちがある。そしてそのあゆみをたどっていくと、実は創設者たちが互いに影響を与え合っていたり、意外な共通点があったりすることがわかる。

 私学に学ぶということは、その歴史的視点を身に付けるということ。どんな学校に通うかによって、世の中の見え方が変わり、振る舞いが変わり、人生が変わることがある。それが名門校の名門校たるゆえんである。
(文=おおたとしまさ/教育ジャーナリスト)

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