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スズキ、インド新車市場シェア50%確保へ…世界的企業へ飛躍かけ10年の超長期計画始動

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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スズキ、インド新車市場シェア50%確保へ…世界的企業へ飛躍かけ10年の超長期計画始動の画像1スズキ本社(「Wikipedia」より/Niba)

 自動車大手スズキが、“本気”で海外ビジネスを強化すると表明した。6月28日、浜松市で開催された同社の定時株主総会は、その本気度を確認する場となった。
 
 スズキが狙うのは、インド市場での競争力引き上げだ。2030年、インドの四輪車市場は、年間1,000万台の新車販売台数を誇るマーケットに成長すると考えられている。スズキはこの市場で半分=500万台のシェアを確保すると表明したのである。

 わが国の企業を見渡しても、ここまで大胆かつ野心的な経営の目標を掲げる企業は少ない。むしろ、販売地域の分散などを進めたほうが、経営のリスクを抑制できるという考えが優先されやすい。一方、スズキはインド市場への選択と集中を重視している。それだけ、インド市場での競争力を高めることに、同社は真剣だ。

 自動車業界は100年に1度ともいわれる変化に直面している。電気自動車(EV)、自動運転テクノロジーを搭載したコネクテッドカーの開発などは、その代表例だ。変化のなかで、スズキがどのようにインドでの競争力を高めていくか、注目していきたい。

インド市場にターゲットを絞るスズキの大胆さ

 現状、インドの自動車市場はスズキにとって“ドル箱”だ。それは同社の四輪車売上に占めるインドの比率を見ればよくわかる。2018年3月期、同社の四輪車事業の売上高は3.4兆円だった。地域ごとにこの売上高を見ると、国内での売上高は1兆円程度、海外が約2.4兆円だ。海外のうち1.3兆円程度がインドで獲得されている。全社売上高に占める割合で見ても、インド四輪車事業の占める割合は35%と非常に高い。前期からの営業利益率の伸びを見ても、インドをはじめとするアジア地域の増益率は国内や欧州よりも高い。

 加えて、インドの自動車販売台数は右肩上がりで増加することが期待されている。2017年、インドの新車販売台数は400万台に達し、ドイツを抜いて世界第4位にランクインした。なお、トップスリーは中国(2880万台)、米国(1720万台)、日本(520万台)だ。2020年に、インドがわが国の新車販売台数を抜くとの予想は多い。

 インドは、スズキの成長にとって抜きにしては語れない市場であることがわかる。これを基盤にして、インドの自動車市場を手中に収めんとばかりに、スズキは競争力の引き上げに関するコミットメントを示した。

 成長している市場に注力するのは当たり前だ。同社が特異なのは、明確な時期と数値を示して、計画を発表したことにある。

“中期経営計画”というように、多くの企業は3~5年程度の時間軸のなかで売り上げや事業内容の目標を定めることが多い。スズキのように10年を超える事業計画となると、予想の前提が置きづらい。その分、投資家などの利害関係者に納得してもらうのも容易ではないだろう。同社は、インドという特定の市場にターゲットを絞るだけでなく、「2030年にインドでシェア50%を維持する」と具体的な数値目標も提示した。その達成が危ぶまれる場合には、経営者の責任が問われることはいうまでもない。そう考えると、今回のスズキの表明には、国内の大企業にはなかなか見られない、決意の強さ、大胆さが感じられる。

100年に1度の変化

 
 スズキを大胆だと評する理由を、自動車業界全体の変化という視点から考えてみよう。そうすると、ターゲットの市場を絞り、数値目標を掲げることが容易ではないことが実感できるだろう。

 世界の自動車業界は、“100年に1度”といわれる変化に直面している。そのひとつが、EVの開発だ。中国、インド、EUなど、世界全体で環境への負担軽減のためにEVの開発と普及が重視されている。また、完成車に使われる3~5万点の部品数が約半分で済むなど、EV化は自動車生産を根本から変えるほどのマグニチュードを持つといわれる。端的にいえば、自動車の“常識”が大きく変わる可能性がある。

 他方、各国の取り組み方針は定かではない。昨年、2030年に完全EV化を目指すとインド政府は発表した。しかし、今年2月には政府関係者が、EV開発を柔軟に進める考えを示すなど、先行きは読みづらい。

 変化に対応するためには、変化をもたらす要因を把握し、自社内にその要因があるか否かを把握することが欠かせない。その上で、どのような変化が考えられるかをシミュレーションする。それに基づいて、今何をすべきかを逆算して考える。スズキは、この発想を実践している。

 その結果、同社はトヨタとの提携を選択した。この提携は、短中期的な時間軸と長期的な時間軸に分けて考えるとよい。当面の環境の変化に対応するために、スズキはトヨタのハイブリッド技術を必要としている。ハイブリッド技術の吸収は、EVの要となるバッテリー技術の開発に応用できる。加えて、スズキはEV用モーターの自社生産を進め、日印市場に投入するEVへの搭載を目指している。スズキは自社内外の要素を結合することで、EVの販売を実現するために必要な技術、ノウハウの吸収を目指している。

 また、自動車業界ではコネクテッドカー(ネットワーク空間と相互にデータや情報の送受信を行い、自律して走行を行う移動型のデバイス)の開発が重視されている。コネクテッドカーの開発は、EV化に続くと考えられる変化だ。時間軸でいえば、EVよりも長めの目線で考えることが適切だろう。そうした展開を見越して、スズキトヨタとの提携を深め、変化に対応しようとしている。

彼を知り己を知れば百戦殆うからず

 以上からスズキは、自社の強みと弱みを客観的に理解している企業だといえる。それがあるから、長期的な視点でインド市場での競争力を引き上げるために資源を投じるという“選択と集中”ができる。

 インド市場と対照的に、スズキが苦戦している市場もある。それが中国だ。2017年、中国におけるスズキの生産台数は前年比3割減少した。その理由は、SUV人気に代表される車体の大型化だ。小型車の分野で強みを持つスズキにとって、この環境は分が悪い。すでにスズキは、中国企業との合弁のひとつを解消すると発表した。理由は、スズキにとって大型車の分野での競争力の引き上げに資源を投じるよりも、リストラを進め得意分野に経営資源を再分配したほうがよいからだ。

 問題は、これまでの取り組みに見切りをつけることが、口で言うほど容易ではないことだ。行動経済学の心理勘定の理論が示す通り、私たちはこれまでに投じた費用(サンクコスト)をなんとかして回収したい。見方によっては、スズキの中国事業のリストラも遅いといえるかもしれない。

 このように考えると、スズキは“彼を知り己を知れば百戦殆うからず”という孫子の考えを、ひたむきに実践している企業だ。小型車という自社の強みを理解しているからこそ、業績が好調な時に強化すべき分野に焦点を絞り、集中的に資源を投入することができる。まさに、今がチャンスということだ。

 反対に、強みをしっかりとピンポイントで理解できていなければ、あれやこれやと手を広げたくなってしまう。業績が拡大している場合は、なおのことそうだ。株主総会の決議内容などを見ていると、スズキがそうした誘惑に惑わされていると感じられる部分は見当たらない。

 インド自動車市場での競争力引き上げを目指す“本気”の裏には、スズキの確たる信念が窺われる。見方によっては、EV化という変化は、スズキがインドでの事業基盤を強固にするチャンスとなる可能性もある。たとえば、スズキが政府との関係を強化し、同国でのEVの規格設定に発言力を発揮できれば、同社の競争力は一段と高まるだろう。スズキがダイナミック発想とともに、さらなる成長を目指すことを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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