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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

日本人だからこそロシアと因縁の国・フィンランドの合同コンサートで奇跡の光景を起こせた

文=篠崎靖男/指揮者

 さて、そんななかで迎えたリハーサル当日。僕は指揮棒を振り下ろしました。いつも通り、フィンランドの楽員は深い思いを込めて演奏を始めます。そして、ロシアの楽員も一緒になって心を寄せ合い、まるで2つのオーケストラが、これまでもずっとフィンランディアを演奏してきたかのごとく、感動的な時間でした。その後に行われた演奏会本番もとても素晴らしい演奏で、ロシアの観客もものすごい拍手です。あとで聴いた話ですが、フィンランドからやって来ていた観客のなかには、涙を流している人もいたそうです。

伝統と格式を重んじるロシアの“門番”

 最後に、面白い話を紹介します。

 フィンランディアを指揮する直前、僕はいつも通り、ステージマネージャーがステージドアを開けるのを待っていました。ステージマネージャーとは、“裏方のボス”です。彼の許可なく、勝手にステージに上がることはできません。彼は、ホールに観客がすべて入ったかとか、楽員たちに何か急なトラブルがないかとか、また意外によくあるのですが、曲の順番を間違えて、出番にもかかわらず部屋で悠々とコーヒーを飲んでいる楽員を呼びに行ったり、万全を見極めてからステージドアを開け、指揮者はステージに上がることができます。

 さて、このロシアのホールは、伝統と格式がある歴史的建造物で、珍しいことに、重厚なカーテンがステージドアの役割を果たしていて、上から太い一本のロープがぶら下がっています。ロープを引っ張ると、骨董品のようなカーテンが上がる仕組みになっており、フィンランドから連れて来たステージマネージャーは、すべての確認を終え、そのロープを引っ張ろうとしました。

 すると、ロシアの大男が急にやってきて止めたのです。その男は、まるでトルストイの小説に出てくるような、古めかしく、重そうなロシア皇室の門番のような恰好をしてずっとカーテンの横に突っ立っており、僕も「あの人は何の仕事をしているのだろう」と不思議に思っていました。そんな彼が初めて動き出し、重く、でも誰も拒否できないような厳かな声で、こう言ったのです。

「このカーテンは帝政ロシア時代からのもので、誰にもこのロープは触らせない」

 その大男は、誇りと威厳をもってロープを引っ張り、僕はステージに上がることができたのでした。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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