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それでも麻原を治療して、語らせるべきだった…「オウム事件真相究明の会」森達也氏による、江川紹子氏への反論

文=森達也/作家・映画監督・明治大学特任教授、「オウム事件真相究明の会」呼びかけ人

 6月13日、「「真相究明」「再発防止」を掲げる「オウム事件真相究明の会」への大いなる違和感」とのタイトルで江川紹子氏が記事をアップした。

 この論考の始まりで江川氏は、

 著名な文化人らがうちそろって、彼女の主張を代弁するような活動を始めたと聞けば、やはり座視できない。ましてや、複数のジャーナリストが、その呼びかけ人や賛同人となり、事実をないがしろにした発信をしているとなると、さすがに黙っているわけにはいかない。

 と記述している。さらに真相究明の会の主張について江川氏は、

(1)麻原が内心を語っていないので「真相」は明らかになっていない
(3)麻原が真相を語らなかった理由は、精神に変調をきたしたから
(3)控訴審で事実の審理を行わずに控訴棄却とした裁判所が悪い
(4)「治療」して麻原に「真相」を語らせよう

 というものだ。麻原の三女が言ってきたこととまったく同じで、呼びかけ人は主張が一致することも認めている。

 と書いているが、この(1)から(4)は、僕が(書籍『A3』(集英社)を含めて)ずっと麻原法廷について主張してきたこととほぼ重複する(「裁判所が悪い」などナイーブすぎる表現はしていないと思うが)。僕自身の麻原法廷への関心の始まりは2004年2月27日だ。麻原一審判決公判を傍聴して被告の状態に衝撃を受け、その後に月刊プレイボーイで麻原法廷への違和感を同時進行的に取材しながら連載し、連載が終わってから数年間の推敲と新たな取材要素を加筆したり削ったりして、2010年に単行本『A3』として刊行した。

 連載時には三女と何度か接触したが、その後はずっと距離があった。彼女が『止まった時計』(講談社)を発表したときも、まったく連絡はとっていない。それが今、「彼女の主張を代弁するような活動」「麻原の三女が言ってきたこととまったく同じ」と言われても困惑するばかりだ。僕だけではなく真相究明の会に賛同した誰一人、三女を代弁する必要も義理もない。一致したことが不自然であり三女に同調したのだろうとのニュアンスで江川氏は書いているが、あえて書くならば、僕が言ってきたことと麻原三女、そして会に賛同した多くの人たちが、処刑間近になったこの時期に、できることなら麻原を治療して裁判をやり直すべきだとの視点で一致した(もちろん大前提としてオウムに対するスタンスや思想は様々だ)ということだ。

 次の論旨で江川氏は、

 「真相究明の会」呼びかけ人の森達也氏は、「地下鉄サリン事件当時は“オウム絶頂期”であり、サリンをまく動機がわからない」と述べているが、とんでもない。少しは判決文を読んだり、当時のメディアを調べるなどして、当時の教団の差し迫った状況を知ってから語っていただきたいものだ。

 麻原を裁く裁判も、事実を解明するために相当の時間と経費を費やしている。一審では、初公判から判決まで7年10カ月をかけ、257回の公判を開き、事実の解明が行われた。呼んだ証人は述べ522人。1258時間の尋問時間のうち、1052時間を弁護側が占めていた。検察側証人に対しては詳細な反対尋問が行われていたことが、この数字からもわかるだろう。麻原には、特別に12人もの国選弁護人がつけられ、その弁護費用は4億5200万円だった。

 名指しされた当人としては、「語っていただきたいものだ」の趣旨がよくわからないと書くしかない。これだけの時間と経費がかけられた裁判なのだから、異論を言うべきではないとの意見なのだろうか。「少しは判決文を読んだり」と読んでいないことを前提として江川氏は書いているが、判決文は何度も読んでいる。当り前だ。判決文も読まずして裁判を批判する本を発表するような度胸は僕にはない。ところが江川氏だけではなく僕を批判する人たちの多くは、「森は判決文すら読んでいない」と頻繁に断定する。彼らにはコップが長方形に見えた。でも視点が違う僕には、丸や三角も見えた。ところが彼らは、自分たちに丸や三角は見えないからこれはデマだ→森はコップを見たと嘘をついた、と論理を短絡する。このパターンはとても多い。

 2011年、TBSラジオの企画で麻原死刑判決確定は妥当か否かをテーマに、僕は江川氏と対談した。そしてこの番組の中で江川氏は、麻原は訴訟能力を保持していると高裁が判断する根拠にした西山鑑定書を、自分は読んでいないと発言した。
【参考:YouTube:オウム裁判 江川紹子 vs 森達也

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