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それでも麻原を治療して、語らせるべきだった…「オウム事件真相究明の会」森達也氏による、江川紹子氏への反論

文=森達也/作家・映画監督・明治大学特任教授、「オウム事件真相究明の会」呼びかけ人

 ところが東京高裁(須田賢裁判長)は、約束した期限の前日である3月27日に、いきなり控訴棄却を決定した。この時期に僕は月刊プレイボーイで、『A3』の元になる記事を連載していた。そのときの記述を以下に引用する。文中の澤は、一審判決公判を傍聴したときの担当である共同通信社会部記者の澤康臣だ。

 その澤から、弁護団が控訴趣意書を出すと予告した日の前日に電話がかかってきた。何があったのだろう? 麻原彰晃の裁判がらみの用件だろうと推測はできるけれど、それ以上はわからない。携帯を耳に当てながら胸の底が微かにざわつく。「森さん、まだご存じないですよね」と前置きしてから、澤は冷静な口調で言った。

「今日、高裁が控訴棄却を決定しました」

 衝撃が強すぎて何も反応できなくなった状態を形容して、「頭の中が白くなる」との慣用句がある。あまり好きな表現じゃない。たぶんこれまで、僕はこの慣用句を使ったことはないと思う。でもこのときは、まさしく頭の中が白くなった。返事ができなかった。

「それで、前にもお願いしましたが、明日の朝刊用にコメントを頂けますか?」

「……はい。でもちょっと待って。なぜ裁判所は棄却を決めたのですか?」

「弁護団が控訴趣意書を提出しなかったから、との見解のようです」

「でも明日、控訴趣意書を裁判所に提出すると弁護団は公表していましたよね」

「はい」

「それなのに、なぜよりによってその前日に、裁判所は棄却を決定するのですか?」

「わかりません」

「おかしいでしょ?」

「……おかしいです」

 3月28日まで待つことを裁判所は弁護団に約束していた。これはちゃんと記録が残っている。ところが3月27日に、裁判所はいきなり棄却を決定した。よりによって前日だ。この経緯について、僕は「騙し討ち」以外の言葉を思いつけない。

 とにかく江川氏の「それでも期日までに提出がなされず、控訴棄却となったのだ」は、実際の経緯とは決定的に違う。高裁がもし弁護団との約束を守って3月28日まで待てば、控訴趣意書は提出され、二審は行われたはずだ(ただし被告人と弁護団が意思の疎通ができないままの異例な法廷になったとは思うが)。

 さらに江川氏は、以下のように会の趣旨を批判する。

 彼らが、「治療」によって麻原が自発的に真実をしゃべると本気で考えているとしたら、オウム真理教やこの男の人間性について、あまりにも無知と言わざるをえない。

 他者の内面や人間性について、これほど強硬に断定できる自信は僕にはない。人は複雑な存在だ。多面的で多重的で多層的だ。単細胞生物でもなければ物理現象とも違う。自分自身ですらよくわからないのだ。

 ただ確かに、治療によって回復する可能性は相当に低いだろうと僕も思う。二審弁護団の依頼で麻原に接見した7人の精神科医の多くは、拘禁障害であれば適切な治療や環境を変えることで劇的に回復する場合があると診断したが、それから10年以上も放置されているのだ。決して楽観的には考えていない。

 でも刑事裁判の基本はデュープロセス(適正手続き)だ。「たぶん治らない」「麻原は自発的に真実をしゃべるような男ではない」これはどちらも予測だ。可能性の濃淡を理由に手続きを省略すべきではない。それは近代司 法の大原則だ。

 仮に断片的であったとしても言葉が発せられるなら、それは事件を理解するうえで大きな補助線になる可能性はある。ナチス最後の戦犯と呼ばれたアドルフ・アイヒマンは、自らの法廷でホロコーストに加担した理由を「命令に従っただけ」としか答えなかった。それは世界が期待した証言ではない。アイヒマンは法廷で、「自発的に真実を」語ったわけでもない。しかしこのとき傍聴席にいたハンナ・アレントは、この証言をキーワードに「凡庸な悪」という概念を想起した。そしてアレントのアイヒマンに対する考察と示唆は、特定の集団を世界から抹殺するというあまりに理不尽で凶悪なナチスの負の情熱を解明するうえで、ひとつの(そして極めて重要な)補助線として歴史に残されている。

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