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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

英会話重視の英語教育、子どもの英語力が極端に低下…無口で高学力の学生が大学入試不合格

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
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 私たちは言葉で思考するわけだから、言語能力が鍛えられれば思考力も高まる。そして、文学や評論の内容を理解することで教養も豊かになる。まさに頭を鍛え、知力を高めるための勉強になっていたのである。

 だからこそ、以前は英語ができる子は、概して他の教科も含めて勉強ができる子だったのだ。

 英語学者の渡部昇一は、英語の能力は国語や理科、社会といった他の学科の能力との関連性がきわめて高いとし、それは英語教育が訳読中心だからだとしている。そして、訳読中心の英語教育こそが、日本人の知力を鍛える一番有効な方法だと主張している。

 だが、現実には英語の授業は英会話中心にシフトしてしまった。それにより、肝心の英語力さえ顕著に低下していることが実証されている。

 たとえば、心理学者の斉田智里は、公立高校の入試問題について、20万人のデータを対象にして、英語の学力の経年変化を検討しているが、1995年から2008年の14年間、毎年一貫して英語の学力は低下し続け、偏差値にすると7.4も下がっているのである。

 こうした学力低下のため、大学でも従来のような英語の文献を使ったゼミが成り立たないといった事態も生じている。英語の読解ができないからだ。

おしゃべりがうまいからといって、国語の学力が高いわけではない

 結局のところ、英会話能力は学力とはまったく関係ないのに、大学入試にすでに導入されており、さらに強化されようとしているのである。
 
 ただ「英語で流暢におしゃべりできるかどうか」が入試の成績になる。これは、言ってみれば、国語の能力を「どれだけ日本語で流暢におしゃべりできるか」によって測るようなものだ。

 本来、大学入試は、そこで学問を学ぶにふさわしい学力を備えているかどうかを測るものであるはずだ。

 英語圏に生まれ育った子が3~4歳になればできる程度の英会話能力を大学入試の成績として認めるというのは、大学で学ぶことがその程度の水準だと言っているに等しい。ただのおしゃべりな子が、高度な学習についていけるとは思えない。

 そんなことをするくらいなら、いっそのこと入試などなくして、抽選にすればいい。一芸入試やスポーツ推薦などは別として、学力以外の要因が作用する入試にとくに意味があるとは思えない。

 だが、抽選となると、学力が高く、本気で学問を学びたいと思っている子が落ちたりして、不利益を被ることになりかねない。

 このように考えてくると、これから受験する子どもたちが本当にかわいそうだ。学力が高く、本気で学問をしたいと思っている子が、英会話が苦手だということで入試につまずく。そんなことも起こってくる。

 英会話の訓練をすればいいとわかっていても、そんな小手先の訓練に時間を奪われるのはもったいないと、文学や哲学に没頭する子、あるいは物理学や数学の世界に引き込まれる子が、英会話の試験でつまずくというようなことも起こってくる。

 時流に乗るのが得策だとして、すでに英会話重視の入試をする大学や中学・高校も出てきているようだ。そこでは、学力の高い子よりも、ただのおしゃべりな子が高く評価されたりする。

 どうも英会話となると、多くの日本人は目が曇り、冷静な判断ができなくなるようだ。大学入試で内向的で無口な子は悪い成績をつけ、外向的でおしゃべりな子は良い成績をつける、などといったことはあってはならない。それは誰でもわかるはずだ。でも、それが日本語でなく英語になるとわからない人が出てくる。

 それでいいのだろうか。もっと議論が必要だろう。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

関連著書『その「英語」が子どもをダメにする』青春新書INTELLIGENCE

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