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『高嶺の花』野島伸司はセンセーショナルな内容を詰め込めばいいと勘違いしている

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『高嶺の花』公式サイトより

 石原さとみ主演の連続テレビドラマ『高嶺の花』(日本テレビ系)の第7話が22日に放送され、平均視聴率が前回から2.1ポイント増の9.9%(関東地区、ビデオリサーチ調べ/以下同)だったことがわかった。野島伸司氏が脚本を手がける同ドラマは、華道の名門・月島家に生まれ、圧倒的な才能と美貌を兼ね備えた月島もも(石原)と、お金も地位もない自転車店主・風間直人(峯田和伸)が繰り広げる「怒濤の純愛エンターテインメント」という触れ込みで始まった。

 だが、実際には月島家内部のドロドロストーリーがメインになっており、当初期待されていたような恋愛ドラマにはなっていない。むしろ、登場人物の大半が腹黒く、非道な行いばかり繰り広げるため、「何を描きたいのかがわからない」「ついていけない」として脱落する視聴者が多く、視聴率も第1話こそ11.1%だったものの、第2話以降は1桁台に落ち込んでいる。

 筆者もこれまで同ドラマを酷評してきたが、別に頭から批判しようと思ってドラマを見ているわけではない。何かおもしろくなりそうな芽はないか、「これは良い」と思えるポイントはないかと思って見続けている。その意味では、第7話はこれまでで一番「今後おもしろくなりそう」と感じさせてくれる回だった。

 とはいえ、今回の第7話が連続ドラマとしておもしろかったとは全然、思わない。自転車で旅をする中学生のエピソードは相変わらず意味不明だし、中学生役の舘秀々輝は棒読みか怒鳴るかの2択しか演技の幅がなく、下手すぎて話にならない。「別れの瞬間にぷーさん(直人のあだ名)が笑ったからもう一人の自分が現れない」と石原演じるももが苦悩するなど、視聴者にはさっぱりわからないこのドラマ独自の「もう一人の自分」理論に華道家が振り回される様子が延々と続くのも、どうでもよい気持ちにさせられる。芸術家は孤独でなければならないと信じる家元(小日向文世)の非道さも増すばかりで、これでもかとセンセーショナルな展開を詰め込む脚本にも飽き飽きする。

 また、さほど必要性がないのに、走行中のトラックの前に仁王立ちする『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)もどきのシーンを入れたり、同じ本に偶然手を伸ばした男女の出会いを描いたりと、意図的に古典的な演出を用いるのも鼻につく。ももが結婚式場から連れ去られたシーンを映画『卒業』になぞらえた台詞と言い、「古くさいことを堂々とやるのが逆にかっこいい」と勘違いしているようだ。もともとそういう路線のドラマならそれもいいが、急に脈絡もなく古い演出を織り交ぜてこられても、ストレートに「古くさい」としか思えない。

 だが、前述の通り「おもしろくなりそうな予兆」はある。直人の前に突然現れた読書好きな看護師・新庄千秋(香里奈)は何やら意味ありげだし、京都の大きな流派の家元候補として登場した神宮兵馬(大貫勇輔)は気品があってやたらとかっこいいのに、ももの心情をズバズバと言い当てる不気味さを兼ね備えている。これまで月島家に深くかかわってきた新興華道家・宇都宮龍一(千葉雄大)が兵馬と異母兄弟であり、次期家元の座を争っていることも明らかになった。龍一は自分に票を入れてもらうために月島家に近付いていたが、ももはなぜか危険な香りのする兵馬に急接近していく。その一方で、龍一と交際していた月島なな(芳根京子)は、実母のルリ子(戸田菜穂)と龍一が肉体関係にあったことを知り、茫然自失して精神的に壊れてしまう。

 人間関係が混み入ってはいるものの、整理すれば、新キャラの千秋と兵馬は信頼できる人物なのか、龍一と兵馬、ももとななそれぞれが繰り広げる次期家元争いの結末、ももと直人の関係はどうなるのかなど、おもしろく料理できそうな素材は整ってきた。言うなれば、ももと直人が破局する第6話までが前振りだったわけで、さすがにペース配分がおかしいとは思うが、「恋愛ドラマのはずだったのでは?」という疑問を胸に押し込めば、広げられるだけ広げた話を、残りの回でどうまとめるのか、ある意味楽しく見ることができそうだ。もちろん、最後には「やはり恋愛ドラマだったんだ」と納得できるような終わり方になるだろうとも信じている。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)

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