榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由…「勉強ができない子」量産の危険


 私が大学生たちに実施した調査でも、「これからは英語がしゃべれないとグローバル化の時代についていけなくなると思う」に対して、「そう思う」が64.2%、「そう思わない」が11.8%となっており、そう思っている者が圧倒的に多い。「小学校低学年から英語を学ばせること」に対しても、「賛成」が69.5%、「反対」が15.3%というように、賛成が圧倒的多数となっている。「自分の子どもをこれから育てるとしたら幼児期から英会話を習わせたい」に対しても、「そう思う」が51.9%、「そう思わない」が23.7%であり、過半数が幼児期から習わせたいと思っている。

英語をしゃべれるようになっても、私たちは日本語でものを考える

 
 英会話熱に浮かれている人に、ぜひ知ってほしいのは、言語というのは単なるコミュニケーションの道具ではないということだ。英会話に安易に飛びつく人たちは、そこのところを勘違いしている。

 言語というのは、コミュニケーションの道具であると同時に、思考の道具なのである。

 今、この文章を読みながら、「グローバル化の時代に絶対に英会話は必須なのに、何を言ってるんだ」と反発するのも、「確かに今の英会話熱は異常としか思えない」と共感するのも、日本語による言語活動の所産である。

 上司の指示に対して、「そんなのは理不尽だ」と憤るのも、日本語による思考が感情を刺激しているのであり、「現場の事情がわからないのだから仕方ないな」と自分の怒りの感情を必死に鎮めようとするのも、まさに日本語による思考の働きといえる。その結果、上司にキレるか、仕方なく従うかは、日本語による思考によって決まってくる。

 このように、私たちの心の中では、たえず日本語による言語活動が行われているのである。

 外国人から道を訊かれたときに教えてあげられる程度の英会話を習い、身につけたとしても、このような内面の思考まで英語でするようになっているわけではない。

 親が英語のネイティブで、赤ちゃんの頃から英語であやされるような場合は別として、日本語を話す親の元で育つかぎり、英会話を習うことで英語が思考の言語にまでなることは、まずあり得ない。

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